【作者紹介】
久保田雅子さん:インテリア・デザイナー。長期にフランス滞在の経験があります。(作者のHPでは海外と日本のさまざまな対比を紹介)。
周辺の社会問題にも目を向けた、幅広いエッセイを書いています。
「週末には葉山の夕日と富士山を狙っています」。その写真は毎月、ブログの巻頭・巻末で紹介されています。心の憩いになります。
作者のHP:歳時記 季節と暦の光と風・湘南の海から
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防潮堤 久保田雅子
海は人の心をゆったりさせてくれる。海の好きな私が、週末を過ごす葉山町へ越してきたのは10年前だ。それまでは横須賀市佐島だった。
佐島のマンションへ入居して間もない頃、目の前の海で工事が始まった。大きなテトラポットが、岸から50mぐらい先の海に次々と積まれていく。
(何のためだろう? 防波堤はすでに海沿いの道路にできているのに…)
横須賀市役所に電話で問い合わせてみた。あいまいな返答で電話はたらいまわしの末、担当者が留守ということで終わった。
翌週、魚のイラストつきで「魚の棲家を作ります。横須賀市」という看板が立てられた。
(なんのこと?)
海にはテトラポットが積まれて、湾内が2つに分断され、カモメの溜まり場になった。
(カモメのための魚の棲家だった?)

(写真左・テトラポット 右・湘南サニーサイドマリーナ)
しばらくすると、海辺の敷地で工事が始まった。マンションの管理人に訊ねてみると、ヨットハーバーの建設だった。横須賀市役所専属?の港湾工事土木建設会社の社長がオーナーだという。彼はまず横須賀市からの受注で、テトラポット工事を行った。のちに自分が管理、係留する舟艇が、台風でも波をかぶらないようにするためのものだったのだ。
やがてハーバーオフィスの建物が完成して、陸揚げされたヨットが並び、海は全く見えなくなった。私はあきらめて葉山への引越を決めた。
いま、東北沿岸(福島、宮城、岩手県)の巨大防潮堤の工事計画が進行中だ。
(私は佐島での経験から、他人事ではなく気になってしかたがない…)
毎日海を見て暮らしてきた人々が、これからは高いコンクリートの壁を見て暮らす事になる。東北の美しい海岸の風景は失われて、海の見えない海辺の町になるのだ。痛ましい。
(私のように、いやなら引越とはいかないだろう)
漁業で暮らす人たちは、朝起きたらすぐに海の様子を見たいはずだ。
観光はどうなるのだろう…。
「北海道南西沖地震」から20年目の奥尻島では、防潮堤ができてから、海産物が半減してしまった。山から、腐葉土の栄養を凝縮した、海の生物に不可欠な表層地下水が、防潮堤にさえぎられて海に注がれなくなったことが原因だ。
海はアワビやウニどころか海藻も育たない、白い石ころだらけの海底(磯焼け)になってしまった。山と海は一体だったのだ。
防潮堤工事のころは復興景気でにぎやかだった島も、いまは人口が減少して、復興時の多額の負債に苦しんでいる。
東北沿岸の防潮堤計画は、奥尻島を参考に熟慮して欲しい。東北の人々はおとなしい。地元のつながりも深く、反対意見は言いにくい。
海が見えなくなり、海産物が減少したら住民はどうなるのだろう。精神的、経済的な痛手は、今はまだ見えないけれど心配だ。
(横須賀市のような、不思議な港湾工事会社の存在も気がかりだ。彼らは裏に廻ると住民より強い)
気仙沼市舞根(もうね)では、住民が「海と共にくらしたい」との理由で、防潮堤計画を撤回させた。(拍手)