【孔雀船100号 詩】 のどけからまし 望月苑巳
そろりと
人に見上げてもらいたくて
静かに
ぼくの心から出ていってしまった人も
そろりと
咲いたことがありましたね
本郷三丁目駅の
クジラの目のような出口から
春も咲きました
うるうると目頭を押さえて
一歩、二歩、三歩
電車が散ってしまっても
つまづきながら咲きました
あれから長い時が
短い慟哭を越えてゆきましたね
けれど伊勢物語のように
春の心は のどけからまし
というわけにはいかなかったのです
夜になって
夜鬼がでしゃばって
さくらの枝がしなりました
きっと
そんな過去は折ってしまえと思ったのかも知れません
そろりと
地下鉄はぼくを呑み込んで
クジラになりました
*世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 在原業平(伊勢物語八十二段)
【関連情報】
孔雀船は100号の記念号となりました。1971年に創刊されて40年以上の歴史がある詩誌です。
「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳
〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738
イラスト:Googleイラスト・フリーより