寄稿・みんなの作品

【寄稿エッセイ】会話のぬくもり = 吉田 年男

 寂しそうな表情が強く印象に残った。植木の選定作業が一段落したのか、職人が地べたに直に座って、ひとりでお茶をすすっている。お盆には、急須と食べかけの和菓子が乗いる。

 一昔前までは、職人さんに庭木の手入れなどを頼むと、彼らが一服する十時と三時には、縁側などに腰を掛けてもらいお茶とお菓子をだした。家の者も一緒になって、たわいないことを話題にして、笑いながら話をする。そんな時、ほのぼのとした会話の温もりを感じたものだ。
 今は、そういうことが煩わしいのか、挨拶だけをして、お茶も出さずにすぐに引っ込んでしまう家もあるという。 頼まれた方も、決まった仕事だけをこなして、さっさと引き上げてしまう。ビジネスだからと割り切ってしまえば、それはそれでよいのかもしれないが、会話のない付き合いは、温かみが感じられない。
   
 勤めていた会社の事務室を訪ねることになった。東京駅丸の内口を出た目の前に事務室はあった。ビル管理会社が管理しているせいか、セキュリテイがことのほか厳しい。受付まで面会者を呼び出さないと、元社員でも中に入れてもらえない。23階の受付で面会者の名前を言って、しばらく待った。

 顔なじみだった女性が現れてホッした。少し時間があったので、使用していない役員室や会議室などを彼女に案内してもらった。役員室はもとより、廊下に並んでいる各会議室に、しっかり施錠がしてある。担当者がセキュリテイカードを鍵の所にタッチしないと会議室のドアは開かない。

 目的の事務室へ向かった。入り口の付近には、部署名などの書かれた看板がどこにも見当たらない。
 事務室には、ざっと100人が執務している感じだ。広い室内はシーンとしていて話声がしない。打ち合わせやおしゃべりなどは、しないということか? それにしても静かすぎる。

 人が多いのに静まり返ったこの雰囲気は、なんとも不自然で不気味な感じがする。この時、地べたに直に座って、寂しそうな表情でお茶をすすっていた、植木職人の顔を思い出した。
 整然と並んだ各デスクの間は、セパレターで仕切られている。社員たちは、しきりにパソコンのキーボードを操作している。

 案内してくれた女性に尋ねた。「事務所内はいつもこんなに静かなの?」 「そうです。いつもと変わりません。お昼休みに、昼食をどこでする? なども隣の人とメールでやり取りをしています」
相手の目を見ながら対話をすることで、おたがいの気持ちが自然に通じ合い、顔の表情などから、親しみや温もりが感じられるのではないのか。

「隣の人とくらいは、口で言えよ」と言いたかった。
 話声のしない、無機質で異様な現実を目の前にしたとき、張りつめていた気持ちが一気に抜けてしまった。用事をすませてさっさと事務室を後にした。

 今日はなんだか気落ちしてしまった。
 ビルを出て東京駅へむかった。気分を変えようと、信号待ちの交差点に立ち止まって大きく深呼吸をした。信号が青に変わった。無言でまわりの人たちが一斉に歩き始めた。その光景は、いつもと変わらない見慣れたものなのだが、なぜかこの時は、交差点までが無機質で異様なところに思えた。


 

【寄稿・小説】 足払い (下) = 外狩雅巳

著者紹介

 外狩雅巳(とがり まさみ)さん

  私は15歳で丁稚奉公を始めました。時計の販売修理を行う老舗の大店に住み込んで働きました。盆と正月しか休めない徒弟制度の日々でした。
 「まさみ、いつまで寝てるんだっ」
 屋根裏部屋に詰め込まれて朝は兄弟子に叩き起こされます。
 「まさみ、何杯食うんだ」
 小さい茶碗に二杯目を盛ればもう叱責されます。
「まだ覚えんのか、こんな簡単な事が、馬鹿か」
 時計組立も無理偏にゲンコツで叩き込まれました。

          
文芸同志会・詩人回廊「外狩雅巳の自分説話」より
 

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  小説 「足払い」 (下)   外狩雅巳  


                 4

 左足を対手の腹の下あたりに当てて、後ろへ倒れていく。のしかかってくるその男の勢いを利用して後転していく。その時対手の衿を握った両手は強く手元へ引く。足は真直ぐに伸ばす。足裏へ対手を乗せたらもう「巴投げ」は決まったも同然だ。

 そんな相馬のもくろみは見事にはずれて股の中へ入り込んでのしかかられ、いま「上四方固め」におさえ込まれる寸前だ。負ける。頭の中に敗北の二文字が浮き上がってくる。

 するとまたあの一回戦で相馬に負けたあの男の後ろ姿が思い出されてきた。敗れて背を丸めて退場していくその沈んだ後ろ姿。そして声援に来ている自社の幹部達の前でひっきりなしに頭を下げている。社を代表して来たあの男にもう陽の当たる機会は無いかもしれなく、自分自身のためにだけ闘い勝ち抜いていきたいと強く思っていた。いま相馬には柔道しかない。

 手で頭をかばって体を丸めてまるで穴にこもったような形でただひたすら攻撃から逃れようとする。芋虫のように身をくねらせて場外との境目のそのラインを越えようと必死に逃げ回る。
 京子の目に今の自分がどう映るのか。それだからこそ今ここで敗れたくはなかった。再度の反撃で男らしい闘いを見せたい。すでに社を代表する二人の選手のうち一人として伊藤は三回戦を苦もなくクリアしている。今年こそ伊藤の優勝の可能性は大きいとあるスポーツ紙は報じている。
「そしたら私はあの人と一緒になるの。でも……」
 京子のあの言葉がよみがえってくる。でも……の次に何が言いたいのだ。

 一ヶ月前、京子が販売部の窓から見た相馬の姿。夕陽を背に受けて北風に追われるようなその姿。受注締切り午後四時を目前に販売部内は今日もまた戦場になっていた。
 ダークスーツに身を固めた戦士達が目標に向かって飽くなき挑戦を繰り広げる。実績表が壁から見下ろしている。

 その前に仁王立ちになって声を荒げて督戦するそのダブルが似合う切り込み隊長こそ課長の内辞を発令されている伊藤その人である。次代の販売部そして明日のN工業本社を背負っていく男。
 そして窓外には、北風の中ただ一人丸めた背に重そうな荷をかつぐ相馬。流通管理部万年平社員。
 それでも京子は相馬についてきた。浅黒く陽焼けした笑顔の中でまっ白い歯のまぶしさと汗の臭いの中で立ちくらんだ青春の一ページ。その日以来の誠実な青年との日々。相馬といる時間こそ自分の人間を感じる時だと信じて来た日々。

 伊藤は強引だった。それしかない男だった。自分しか京子を幸せにできないと信じ込む男だった。
 自信と突進で目標を極め続けて来た男。その男が目に涙して跪ずいて愛を告白した時から京子は揺れてきた。親達の願う貧しさのない平穏な家庭。いくつかの恋の遍歴の中で知った男達の仕打ち。打算が頭をもたげる女の二十八歳。


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 外で一台のトラックがいま枕元に響く音を残して行き過ぎた。すぐ後でまた次の音がせり上がってくる。ブロロオと次第に高くなり耳元すれすれに接近して部屋とダブルベッドの上の二人をゆすぶり上げて、その音が消えた後の静寂の中で男と女の裸身がうごめいている。

 駅裏を降りると北風が正面から襲いかかってくる。コートの襟を立て肩を寄せ合って左に曲がって迷路のような飲食店街の露地をさまよい始めると、今日もまた二人の貪欲な貪り合いの時間がやってきた。
 手垢で黒光りするテーブルといびつな丸椅子しかない小さな店内にあふれる作業服姿の男だらけの中で次々に飲み干す安くて強い酒が、二軒目そして三軒目と体中から理性と知性と希望の三つを麻痺させてゆくまで、さらに獣の内臓のゴッタ煮を売る店の奥や、いぎたなく酔いつぶれて床に転がるボロ布のような男達のいる店へと二人は飲み継いでいく。気がつくと今日もまた二人はその宿のベッドの上にお互いをさらけ出していた。

 川を渡った第三京浜国道が大きくカーブを切って窓の外ピッタリに走っている。去来する車のエンジンのうなりの中で京子の発する絶叫もまたかき消されていく。
 頭を振り立てて口の端から漏れるその叫びを見下ろす相馬の目にバッサリと結びを解かれて乱れ広がった長い髪の黒さが純白のシーツの上で蛇のようにうねり波打ち、汗でギラギラとした京子の顔の美しさを女神のように際立たせる。大きくせり上がって乗っかかっている相馬の身体ごと持ち上げて反り返る白い腹から背に回した腕に相馬の力が加わる。〝クソウ。胎ませてやる〟百キロの巨体を押え込む
時よりも強く相馬は京子を組み敷いていく。

 〝やめて〟男の昇りゆく気配を感じて京子の口から拒否の言葉が出るとビクウンとさらにひとつ大きく反り返り振り立てて相馬をはねつけようとするその上でいま、男の激情が達しようとしている。頭いっぱいに広がった快感のその中心から一気にほとばしり出る激流の波の中で京子の裸身が紅を刷いたように染まっていく。

 頂点の満足感が長く続いてその後に続く空白の時の流れが終わった時の二人の目と目が刺し合っていた。
「明日の決勝戦には来ないでくれ。伊藤とやるんだ」
「いや。行くわよ」
「俺がまたあいつの下で打ちひしがれるところを見たいのか」
「そうよ。そこが見たいの、ぶざまなあなたが」


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 高い視点から見下ろして薄くなり出した頭の上へ鼻からの空気をふりまきながらつかみかかって来る伊藤の組み手を切り返し切り返し相馬は広い場内を後退する。腰を大きく引いて一歩また一歩と後ずさりしていく。

 社内での練習でもいつもそうだった。無理矢理つかみ込んで来て腰に乗せる、投げる、そしてのしかぶさってくる。もう何度相馬はそうやって伊藤の胸の下でそのワキガの臭いを吸い込まされてきたことだろう。今日はその総仕上げだ。京子の目の前で決定的に踏みにじられてゆく。その先に伊藤と京子の結婚があるのだろう。

 相馬を切り捨てられない京子の心のほんのわずかな部分。そこだけで繋がって来た四年間。昨日の夜の言葉が相馬の頭に蘇ってくる。俺はここでぶざまに負けるべきなのだ。そうすれば本当に自分とのしがらみを切って京子はこの男の胸へ飛び込んでいけるのだろう。

 相馬は顔を歪めてねじくれた心の苦しさに耐えようとする。何だったのか自分は。今あの高いスタンドから、この腰を引いてヨタヨタと逃げ回っている頭髪も薄くなり出したみじめな中年入口のこの俺を、どんな気持ちで見下ろしているのだろう。相馬にはそんな終わり方での青年時代のピリオドは耐え切れないことだった。

 引きずり上げられて腰にもっていかれる。渾身の力で耐える。耐え続けるだけだ。十分間の競技時間いっぱいまで、とにかく耐える以外に方法がない。襟首をわしづかみにされて広い試合場の畳の上を右に左に前にうしろに引き回されていく。このあと伊藤の左足が畳を摺って飛び込んでくるのだ。

 いつもそうだった。高い位置で半回転させられて、回ったところで一時静止されてそのまま約百センチメートル下の畳めがけて体重を乗せてたたき落とされるのだ。五体が分散しそうな着地のショックの中で決定的な敗北を味わわされてきたのだ。今またその瞬間がやってきたのだ。

 絶望感の中で最後のひとあがき、体をゆすって組み手をふりほどく努力をする相馬。そののけぞった顔の視線の先が見つけたあの水色のワンピース。京子の顔がクローズアップで接近する。ひややかな視線と交叉した時相馬は本当に狂った。頭の芯から怒りが沸き上がってきて身体中に広がってゆき、いっぱいになって爆発した。

 大きく持ち上げられて伊藤の腰の上を回転する寸前の相馬の右足が伊藤の軸足の前を通り過ぎようとしたその時、くの字に曲がっていた相馬の足が突然ピーンと直線に伸ばされた。そして伸び切った足の先が伊藤の膝の前に引っかかった。絶対禁止の動作を行なった相馬だった。

 こうしてからまった足は、駆けていく両足の中に棒を差し入れると転倒する時と同じ状態になっている。もつれ転倒する伊藤。どちらかの足が折れる結果となる。

 引きずり回され、つまみ上げられて京子の目の前で負け犬としてたたきつけられようとしていた、その土壇場で相馬の足が引っかかった。その時はじめて京子には相馬が見えたような気がする。あのまぶしかった白い歯並びの日から長い四年目。いつも京子には相馬がはっきりと見えなかった。おぼろげながら貧相を正視出来ず酒に理性が溶け切った中でしか正対しえなかった四年間。
 それが決定的な破滅を迎えようとしている今、はじめて相馬の全身がはっきりと見えたようだ。人生丸ごと足払いされた一人の男のそのおしまいの姿。

 もつれて一体となって倒れていく二人。足が折れた音が聞こえたようだ。見つめ続ける相馬。迎えてはじき返す京子の視線。刺し合った二つの視線のままで時間は止まった。


                                (完)

【寄稿・小説】 足払い (上) = 外狩雅巳

著者の横顔

 外狩雅巳(とがり まさみ)さん

 北一郎氏の評では、外狩雅巳の作品は「現代の社会思想の変遷を見事にえぐり出した作家」と言う。
 作者自身は、「同人誌続けておりますが、社会派としての矜持は忘れないで執筆したい」と熱意を語っている。

  文芸同志会「詩人回廊」より


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  小説 「足払い」 (上) 外狩雅巳

 汗と体臭の満ちた場内に一歩足を踏み入れると八時間の単純労働にゆがんだ肉体が闘志をむき出しにして緊張を作る。
 その瞬間の快感の目のくらみを通過して今日も相馬は蘇生した。


 密生した胸毛のすべてに汗の玉をしたたらせたそのぶ厚い肉塊がたたきつけるようにかぶさって、したたかに後頭部を畳の合わせ目に打ちつけられる。
 真赤に燃えて乾いた喉の奥に、鼻から吸い込んだ春草のそれに似た青畳の香りが一抹の清涼さを運んで、極限まで疲労した肉と筋のすべてに屈服を拒否させる最後の戦いへと駆り立てる。
 巨体の胸の下でガッシリと決った「上四方固め」。
 カァーッと充血させた顔面をふりみだし、相馬の四肢が拘束からの解放を求めて牙をむく。
 汗がふき出して流れ込み目がかすむ。払う手も、ふるい落とさんがための体も固定を強制され続ける。

 肉体がそれを確認した時から相馬はケダモノになる。絞め技が首を襲う。止められてしまった呼吸の中で経過する時間は死のイメージを広げる。その時相馬の肉体を吹き抜ける快感。
 寒稽古の熱気の中でわずかの二時間がまたたく間に肉体の消耗と共にすぎてゆく。
 燃えつくした心身に今日も冷水が心地良い。やっと本当の一日が終わった実感にひたり込んでいる相馬の耳に、シャワーの音を引き裂いて同僚の誘いの声が聞こえてくる。
「打ち上げだ。飲みに行くかー。ソオマよーっ」
「前祝の景気付けに一杯どおだよぉ」
 N工業本社代表として明日から相馬は全日本実業団柔道大会に出場する。オリンピック代表選考を兼ねた今回は、全国から実力充分の強豪が集まってくる。三十代半ばになろうとしている相馬には荷の重い大会が、それでも何かしら心弾む期待感をもたせてそびえ立っている。


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 目の前をせわしなく左右に体を動かして重心を低く摺り足で後退する相馬の隙を窺っていた対手の身体がふっと沈んだかと思うと、丸まった背と腰が胸の前へスッポリとはいり込んで来た。「背負い投げ」にやってきたその対手の腰が胸に付く寸前、突然に相馬は後退を前進に切り換えてその腰を抱え込みに出た。そのまま体重を掛けてのしかかっていく。当然後退して腰を落として防御するとばかり相馬の動きを計算していた。その逆をついた攻め。
 技の決まる寸前のバランス移動中のもろいその背へ腰へ、相馬の体重がかかる。その重みを受け止めかねて対手はよろめき、そしてたたらを踏んでしばらくこらえた後で崩れるように前へ倒れ込んでいく。そのまま背にしがみ付いて相馬は馬乗りになっていく。

 驚愕の顔付きが振り向く。信じられないといったその目。その振り仰いで持ち上がった顔の下にできた隙間に相馬の左手が滑り込んでいく。衿に達すると強く握りしめて引く。
 それを背中まで引き付けた時、「後ろ袈裟固め」が完成する。喉の所で空気の出入りがストップして三十秒。指先がしびれて感触が無くなっても相馬は耐えた。背に乗せた相馬を三十センチも跳ね上げるほど、相手はもだえ苦しみ暴れ回った。その顔面をゴシゴシと畳の縁に押し付け、反撃する闘志を絶望感へと変えていく。

 相馬の胸の中で何かがフツフツと煮えたぎってくる。背筋を上がってくる密やかなエクスタシー。
「一本。それまでっ」
 主審の勝利の宣言を、まるでオモチャを取り上げられた幼児のような気持ちで聞く。スッと引いてゆく快感。勝利の喜びは湧かない。


               2
 

 左へ左へ。対手に合わせて摺り足で重心を移動する。自然体で構えて自在に対応する。気張らず軽々しくもせず。押さば押せ、引かば引け、なるがままに動く。重心はよどみなく畳面を滑らす。左へ左へ。
 一回戦をH商会代表と戦い、一本勝ちしていま二回戦。
 場外が近づいてそちらへ気がいった。上から二段目、スタンド席のちょうど真ん中に水色のワンピースを見つける。京子だ。
 右足の前を風が動いた。微かな風圧を感じて本能的に腰を引く。スタンドに京子を見たその相馬の一瞬の気の緩みにつけ入って、対手の技が仕掛けられてきた。対面していたその顔が思いっ切り後ろを振り向いて、つられて身体全体が鋭く回転する。危機を察して素早く引こうとしたその相馬の腰の前にすでに対手の尻がピッタリと密着されようとしている。

 これで組み合った腕を抱え込まれてしまえば、あとは腰と脚を跳ね上げて身体を持ち上げられ、そして空中で半回転しながらその対手の汗に濡れた胸に相馬の胸が接続しながら、試合場の畳の上へ墜落するしかないのだ。
 二回戦の見せ場を作って「払い腰」の大技の餌食となり、敗北の肢体をそのビヤ樽のように横太りした男を胸の上に乗せて観客に晒す。N工業からの後援者達の目前でそれがいま現実となりつつある。京子が見ている。
 相馬の対応はしかしすでに効力は大きく減らされてしまった。引き付けられ抱え込まれようとしている左腕を振り切ること、それのみがこの時点での唯一の防御策なのだ。セオリー通りの相馬は左腕に力を込めて引きもどそうとするが、それこそ勝敗の分かれ目と知っている対手の握力には万全の力がこもっている。

 引かれる。引き付けられる。そして抱え込まれるその寸前、相馬は我知らず暴挙に出てしまっていた。
 握った対手の衿口から手を離して、そしてその手で相手の顔面をつかもうとした。技への対抗、精一杯つっ張っていたその衿口の手を離したらもう身体を支えていることは出来ない。グラリと揺れて自分から技に掛かっていくその過程で手がその男の顔に届いた。いや正確には顔の中の鼻のその先端にやっと伸びた。

 そこから幸運が始まった。入ってしまった。スッポリと伸ばし切った指の先が、中指と薬指の先が二本、二つの穴の中につき刺さってしまった。それはまったくの偶然であり故意に行なった反則といったものではない。そして割れて血の滲んだ爪の角が柔らかな内側の粘膜にくい込んだ。

 息を荒くして穴を大きく広げて鼻から酸素を取り込もうとしていた矢先にそれがストップしたので、対手にとってそれは一瞬目の眩むような衝撃であったらしく、喉の奥から不快な擬音を発しながら顔が横に振られた。指は抜けた。すぐ抜けた。審判すら正確には事態をつかみかねるほどその短い時間の中で、いくつかの動作が、しかし裂けた爪の角にかすかに血と数ミリの粘膜を引き連れて終わった時、局面は大きく変わっていた。

 アクシデントに、万全だった対手の技の仕掛けが綻んだ。鼻の穴が詰まった。驚いて振り切った。
 不完全な形でその「払い腰」の技は終った。もつれ合ったまま二人は崩れ落ちるように畳の上にへたり込んでしまった。割って入った主審が二人を立たせて改めて試合の続行を宣告する。
 左へ左へ。再び二人の重心が畳の上を移動する。

 この男もB自動車の代表として企業の名と自分の立場を背負っていま相馬に立ち向っているのだ……と考えるとその赤い点のような血の滲みの見える鼻の穴をこちらに向けている横太りした対手に、何とはなしに同情を感じてくる。
 こうやって自分は会社で伊藤と十年間に渡ってN工業本社代表の座を争ってきて今やっとその頂点に立っているのだ。会社と社員達の名誉と声援を一身に受けて今ここに自分がいる。こうして二人は競わなければならない立場にいる。
 何のために、会社のためにか。俺もこの男もそんなことを目指して柔道に打ち込んできたのだろうか。相馬の心の中で小さな揺れが少しずつ広がっていく。


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「S大学柔道部出身の伊藤です。仕事でも力いっぱいねばり腰を発揮してガンバリます」
続いて何人かの自己紹介の後で順番が相馬のところへ回ってきた。販売事業部の朝礼の折、五十音順で新入社員が初出社の挨拶を行なった時のことだった。
「私は相馬です。伊藤君と同じ職場ですのでよろしく」
 口下手な相馬には伊藤に先に言われてしまった言葉以外を捜し出すことができなかった。高校そして大学時代、いつも伊藤が一歩先を歩いていたことがこの会社でもまた繰り返されようとしているのだ。
 そして独身寮に入居して販売事業部の二つの課にそれぞれ配属されてから十年、相馬が伊藤の前に出たことは一度もなかった。

 無数に生産されてくるN工業各地工場の完成品。その商品はすべて本社販売部で捌き切らなければならない。多くの販売代理店、そしてその先の得意先企業、商店、公社等々。

 入社して四年がたって、相馬は流通管理部へ配転された。伊藤は主任販売員になっていた。四年間相馬は受け持ちの得意先を連日足まめに回り、どんな小さな注文も地を這うようにして拾い集めてきたつもりだった。伊藤はしかし小さな客は他の部員にまかせて、弁舌と押し出しを武器に大企業に乗り込み、次々と大口の顧客を開拓し、入社の自己紹介を実地で証明していった。
「構わんですよ。まあここは私にまかせて見てはくれませんか。私も男です。半端な仕事はしませんから」
 電話口でそんな大声で笑いを放っている姿を一度相馬は目撃したことがある。三十歳にもならぬのにその腹の出た堂々たる長駆がダブルの背広いっぱいに自信をみなぎらせていた。
 その長身と体重をもって仕掛けてくる大技。「跳ね腰」は見る者の目を見張らせるような見事な決まり方をする。小柄で貧相な相馬の「送り足払い」のチマチマとした仕掛けぶりとひかえ目な決まり方。
 大向こうをうならせる伊藤の立居振る舞いは当然彼を柔道部長へと押し上げていた。
 副社長が社員を連れて声援したその年の全国大会でベスト4に入った。補欠にもなれなかった相馬は病気と偽って応援には出向かず、深酒に沈んだ一日だった。

 伊藤は係長代理になっていた。
 立ち込める煙草の煙の中で男達が受話器に口を押し付けるようにして声高に叫んでいる。女達が次々に書類を写し記入し整理している。コール音で受話器が飛び上がっている。そこでもここでも。飛びつく女。両手で受話器を握る男も見られる。販売部は戦場だ。
 片隅に来客用応接ソファがある。大手代理店の幹部達を相手に伊藤がソファにそっくり返っている。
 例の豪傑笑いが室内に流れていく。一番出世で係長の座を射止めた男の迫力がまたひとつビジネスを成功へと運んでいる。

 京子が来客への茶菓を盆に載せてそんな伊藤達の応接ソファへ近づいていった。目が合うと伊藤はひととき対話を止めて京子の視線に対峙する。きびしい管理職の顔がふっとゆるんで柔らかなまなざしで京子の目礼を受け、客にその茶をすすめる。


 空になった盆を持って帰る京子の何気なく見やった窓の外ではいま工場から大量の商品が入荷してきた。運送業者の運転手や助手達が上半身裸の姿で次々に大きなダンボール箱を肩に負って倉庫に運び込んでいる。その中のひとりにN工場の社員が入って男達を指図しながら自身もトラック助手達の倍も肩に乗せキビキビと働いている。流通管理部の大きな商品倉庫の前には数台のトラックから入荷された段ボール箱が山と積まれている。

 かなりの時が過ぎ新たな来客へ麦茶を運ぶ時、京子はその青年を再び窓の外に見つけた。もう日が傾き出し荷は大半が運び込まれ、あと少しで終了するところであった。立ち止まって青年は額の汗を作業服でぬぐっている。同じ社員として特に何という気ではなく、京子は帰りがけにひとつ残った麦茶のコップを持ってその倉庫の前に来た。
「御苦労さま。どうぞ冷たいものでも」
 立ち止まって確かめるように京子の制服を見てから青年は笑顔になって手をコップに差し出した。ひといきでグイグイと飲み干してしまってから残った氷片を齧り出した。
「いやあ、うまかったあ。ありがとう」
 礼を言いながらまた青年は額の汗をぬぐって顔を上げた。陽に焼けた浅黒い顔の中で歯の白さがまぶしい。はだけた胸に流れ落ちる汗を見つけた時、京子はふっと健康な男の匂いに包まれた気がした。

 それが相馬と京子の出会いだった。            【つづく】

【寄稿・エッセイ】 婦長さんの言葉= 武智 弘

 昭和50年の師走のある日、会社から帰っていつもの通り遅い夕食を食べながら私は壁に張ってある次男の習字をふと見ていて異常に気がついた。墨の濃淡がかすれているが、家内はそんな事はない、と言う。
 次の日近所の眼科医院に行ったら、片目がかなり激しく眼底出血をしている、と言われた。
 4年前に九州の八幡製鉄所から、木更津市郊外に建設中のこの巨大製鉄所に転勤して来て、昼も夜もない生活に突入していた。

 その後近くの中央病院に行ったりしたが、原因が分からず、片目の視力が1.5だったものが1.0、0.7、 0.5と、どんどん落ちて来た。居ても立ってもいられず思いだしたのが、八幡時代私の研究室に据え付けられた高圧電子顕微鏡の事だった。

 当時まだ全国的にこのような設備は珍しく、近くの福岡市にあった九州大学医学部眼科教室から時々使わせて欲しい、と頼まれ、研究所長の「社会貢献だ」の一言で協力した事を思い出した。溺れる者は藁をも掴む、の心境で教授に手紙を書くと直ちに返事が来て、
「それは眼の中央静脈に血栓が出来て、網膜が死にかかっている。すぐ溶かさねばならない。一ヶ月が勝負だ。すぐ来い」
 との事、驚いて福岡まで飛んでいくと、そのまま救急病棟に入れられ、その夜から血栓溶解材の点滴が始まった。

 しかし、それでも視力は落ち続ける。毎朝の視力検査が針の筵で、遂に視力は0.07まで落ちた。

 そんなある日診察室から6階の病室に帰る途中、非常階段の踊り場の扉が開いていて下を覗く事が出来た。下には白く、小さなコンクリートの床が見えた。
「もし今ここから飛び降りたら心配も消えて楽になるんだろうな」
 という考えがフト頭をよぎった。
「片方の目に血栓ができた、という事はもう一つの眼にも出来るかもしれない。そうしたら全盲の父を抱えて家族はどうするだろう」
 と思い、もう一度こわごわと下を覗いて動けなかった。

 その日の夜の消灯時間の前に巡回にこられた、おだやかな婦長さんに思い切って私は「お話があります」と言って今日の話をした。そしたら「外で話しましょう」と言われ、廊下の長椅子に並んで座ったあと、婦長さんがこんな話をされた。

「武智さん、前の病棟は内科病棟、その右は外科病棟ですよね。今でもその病棟から賑やかなラジオの音楽や笑い声が聞こえます。だけどこの眼科病棟からは物音一つしません。まるでお通夜のようですね。だけどその中で患者さんたちは病気と戦っているんです。夫々の心で戦っているんです。

 大分前に、大きな船の船長さんが甲板の階段からすべり落ちて、眼を手すりで直撃され、ここに来られました。俺は海の男だ、と泰然としておられましたが、失明と決まった時は半狂乱でした。片目になると船長の資格がなくなる、とか聞きました。
 嘘か本当かは知りません。
 しかし一方でこんな方も居られました。
 その方は福岡市内で小さな工務店をやっておられた方でまだ30台半ばでした。ある日工事現場の見回りをやっていた時、一人の工員さんが長い鉄筋の棒を肩に担いで傍を通りかかったそうですが、その時突然何か物音がして急に振り返ったそうです。

 その時、運の悪い事に鉄筋棒の先端が、傍に立っていた社長さんの片方の眼を直撃しました。結局、その社長さんもその目を失明されました。その方も随分落ちこんでおられましたが、退院する時私にこう言われました。
『婦長さん、私は30台後半になり、今の日本人の平均寿命の約半分になりました。人生が残り半分になったのですから、眼も半分になって勘定は合っとります。これでやれます』どうか武智さんもこの若い社長さんに負けずに頑張って下さい」
 そう言うと私の手にそっと手を重ね、静かに立ち上がって行ってしまわれた。

 何時か、その若い社長さんと一目お会いしたかったけれど、それも叶わず今日に至っている。それでも時々名前も知らないその社長さんを心に念じて福岡の空に向かい、「社長、がんばれよ!」と叫ぶ事がある。 

【寄稿・エッセイ】 スポーツ無情 = 山口 規子

 秋だ。スポーツ好きにとっては心躍る季節の到来である。
 けれど、わたしにとってスポーツは観るもので、自ら躯を動かしてするものではない。大の苦手なのである。

 小学生の頃をかえりみれば、鉄棒の逆上がりができない。跳び箱は跳ぶ替わりに箱の上に着地する。ドッジボールはボールが怖い。水泳は水がこわい。走りっこは先生がタイムを計り違えて選手になったことが一遍あったが、奇跡は二度と起こらない。肋木は天辺まで上がれない。運動会でさせられた肋木の最上段に両足かけてぶら下がり、上半身を起こす芸当などできるはずもない。

 運動会の時、「この種目のできない生徒もまれにおりましてぇ… 」と、担任教師に運動場に響く大音量のスピーカーを通して解説された。

 この場にいたたまれない思いをさせられた母は、わたしの中学受験を心配して、近所のM体育研究所なるスポーツクラブに連れて行き、入所させた。

 母方の祖父は、若い頃、テニス、あとはゴルフと、運動神経は悪くなかったので、娘や息子たちにもしきりとスポーツを奨励した。彼らはそれに応えて、ラグビー、登山など種目を増していく。母もその一員なので、我が子の運動神経に難あり、とはどうしても思いたくないようであった。母は亡き夫側の血のせいにしたかったようだ。父は学生時代、ボート部だったが、ボートは運動神経にはあまり関係ない、というのが彼女の持論であった。母の願いはかなわず、わたしの生来のこの方面の神経の鈍さは、一朝一夕には変化しなかった。

 学生生活が終わらなくてはスポーツと縁が切れないのか、夏休みに軽井沢に行けば、馬に乗せられ、予想外の地上から馬上までの高さに目を廻す。旧日本軍の軍人であった同窓生の父君は、『バロン西』なる馬術の達人であり、一九三二年のロス五輪の金メダリストと聞いて、憧れていたが、一遍で馬が嫌いになった。馬の方もわたしを馬鹿にしてか、歩くように指示をしても知らん顔して草など食べている。

 友人の兄上と乗り回した二人乗りの自転車『タンデム』が唯一の甘い思い出となった。その思い出の夏から何年も経たない頃、通勤途中の彼はスカウトされ、強く誘われ、東宝映画の俳優となった。のんびりした時代の話である。

 わたしは外資系の企業に入社し、世の中に出た。だが、「スポーツよ、さようなら」とはならない。
 当時はボウリングが流行っていて、退社後の親睦によく利用された。同僚の女性は『マイ・ボウル』など持っていて、得意そうに操られて、私にはトラウマとなって残った。

 その時代は、ダンスパーティーも盛んだった。音楽の伴走付きなのでまだよかったが… 。あの映画『シャル・ウィー・ダンス』以前の話である。その後、このボール・ルーム・ダンスが下火となり、勝手にステップを踏むゴー・ゴーなどが流行ってきて、わたしはホッとする。
 大晦日には夫と六本木のクラブに出かけて、一晩中若者に交じって、時には彼らの応援を受けつつ踊ったりもした。

 スポーツ能力をいま言うなら、この災害続きの世の中、エレベーターを使わずして9階のわが家にたどり着くか、地上に無事降り立つかの能力がいちばん問われるだろう。だが、これも諦めかけている。
                    

【寄稿・詩】 どこへ = 結城  文

作者紹介=結城 文(ゆうき あや)さん

日本ペンクラブ(電子文藝館委員)
日本比較文学会、
埼玉詩人会、
日本詩人クラブの各会員

日本歌人クラブ発行
『タンカジャーナル』編集長

日英翻訳家

どこへ 縦書き・印刷用


 どこへ 結城 文 

                  
十一月の ある午後
電車に運ばれていた
白いガラスには 雨粒が
泪のようについている

走る電車の水滴をみつめる
雨はガラスにぶつかって
うしろに流されながら 重力に引かれて落ちる
次の雨も同じような 線と角度で・・・
なかには 落ちない雨もある
どうして そこに止まっていられるのか?
窓いつぱいの しろがねの点と線

曇ったガラスには 影たちの街
輪郭のぼやけた家々や木々が
過去へ過去へとあとずさる
時折フラシュするわたしの顔の
なぜかかなしげに すこし疲れて―
街は 去年の冬のロンドンのよう

まったくかかわりのな人々と
同じ方向に運ばれて
もうすぐ終点が来るのに
わたしはどこへゆくのだろう?
時間という もうひとりの旅人と
わたしはまるで
旅にいるよう


短歌
空車(むなぐるま)にのりたるやうに乗客もわたしも霞む白き日の暮れ

停車場(ていしゃば)といふよりすたれて無人駅それさへも今消えむとしつつ

【寄稿・詩】 エヴェレストの空を仰いで = 結城 文

作者紹介=結城 文(ゆうき あや)さん

日本ペンクラブ(電子文藝館委員)
日本比較文学会、
埼玉詩人会、
日本詩人クラブの各会員

日本歌人クラブ発行
『タンカジャーナル』編集長

日英翻訳家


エヴェレストの空を仰いで 縦書き・印刷用 


 エヴェレストの空を仰いで 結城 文 


「二年先にネパールへゆきましょうか?」
遠くエヴェレストの峰峰を
仰ぐように
顔を四十五度にあげて
詩人はいった

二〇〇八年十一月十二日
あたたかい日ざしの編集室

沈黙を破った言葉に
一瞬ドキリとする
「こんなふうに公表しながら
やってゆかないとだめなんですよ」
はにかんだような微笑とともに

秋谷豊 
八十六歳の言葉に
手を止めたまま誰も答がない

その数日後だった
だしぬけに 
訃報が入った

自ら綿密に企画した「地球」の詩祭は
ただちに「お別れの会」になる

多くの人が詩祭に参加した
多くの友人がお別れにきた
これが公的な場へでる最後といった
最長老詩人もいた
秋谷豊の最後の舞台

「二年先にネパールへゆきましょうか?」
白いエヴェレストの峰峰を仰ぐように
顔を四十五度にあげ
登頂の人はいった
はにかんだような微笑とともに
    

【寄稿・エッセイ】 燕 = 平岡 けいこ

『作者・紹介』 平岡けいこ さん 兵庫県出身

中学生の頃から日記代わりに独学で詩作を始める 。

1991年 詩集『わたしの窓から』私家版
1995年 詩集『未完成な週末』近代文藝社
        第4回 コスモス文学出版文化賞
2004年 詩画集『誕生〜ぼくはあす、不可思議な花を植え 愛、と名づける〜』美研インターナショナル/
       星雲社 第4回中国詩人賞

2010年 詩集『幻肢痛』砂子屋書房

日本現代詩人会 関西詩人協会 兵庫県現代詩協会 所属 詩誌「孔雀船」同人

    
燕  縦書き

 燕 平岡 けいこ 

   
          


浅い眠りを繋いで生きている
今日を失いそうな朝
鳥たちは囀り何かを求めて
飛び立つ

浅い呼吸を重ねて生きている
誰かが許容できる
小さな嘘や欺瞞を重ねて
遠い国の殺戮を赦している

現実を見まいと
目を開いたまま眠り続けるのか
声を上げないのは
時を待っているから

この憤りをぶちまけたら
NOだと拳を上げたら
呼吸は整い
熟睡できるだろうか

風に乗った渡り鳥は
垂直に翼を広げ
悠々と今日を渡ってゆく

【寄稿・詩】 旗 = 平岡 けいこ

『作者・紹介』 平岡けいこ さん 兵庫県出身

中学生の頃から日記代わりに独学で詩作を始める 。

1991年 詩集『わたしの窓から』私家版
1995年 詩集『未完成な週末』近代文藝社
        第4回 コスモス文学出版文化賞
2004年 詩画集『誕生〜ぼくはあす、不可思議な花を植え 愛、と名づける〜』美研インターナショナル/
       星雲社 第4回中国詩人賞

2010年 詩集『幻肢痛』砂子屋書房

日本現代詩人会 関西詩人協会 兵庫県現代詩協会 所属 詩誌「孔雀船」同人

    
縦書き こちら

                            
               

 旗 = 平岡 けいこ 


両腕を振り上げ
力の限りポールを突き刺す
大地に雄々しくはためく
ここまで来た証明

たどり着いた証に
人は旗を立てるのだろうか
人生の淵に
神々しく揺れる旗に
きみは何を描くだろう

月面に立てた星条旗は
強烈な紫外線を受け
白旗となり今も在るのか
答えは月が知っている

存在は持続することで緩やかに朽ちてゆく
永遠などないこの世界では
誰もが一瞬で消え果てるのだ

だからここにいることを
ここにいたことを
私は示す
精一杯の力を振り絞って
旗を振る
きみを鼓舞する旗が見えるか
歓声はきみの鼓膜を震わせるか
ここがゴールだと
導くために旗はあるのか

ここが頂点
険しい山を制覇した証
後に続く人たちへの目印

高く両腕を振り上げて
私は命の旗を立てる
ここが始まり
終わりは未だ見えない

【小説・3回連載】 二十八才の頃(3) 《火》 = 外狩雅巳

『作者の作風』

 外狩雅巳(とがり まさみ)さん

 外狩雅巳が重要視し、高い評価をする近代文学のプロレタリア文学(たとえば小林多喜二「蟹工船」)などは、タコ部屋の労働者であり、食事や睡眠も満足に得られない資本家の奴隷であった。

 時間拘束が生活全体に及び、労働者の全てが商品として買い取られてしまう。

 労働の商品化であり、廃人化により、その商品の再生はできず劣化する。もし、この状態が現在までも続いていたら、プロレタリア革命は起きていたかもしれない。(北一郎・文芸批評家より)

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小説・二十八才の頃 (3) 《火》  外狩雅巳 


 街が沸き立っている。師走の風に浮かれている。ホームから見渡す東京の夕景色が明の気持とは無関係にざわめき立っている。人の波がいくつも続く大通りの交差点。そこから四方に延びる商店街は祭りの時のように灯があふれ人があふれ出ている。そしてその向うに東京タワーがそびえている。全体を飾るイルミネーションがまばゆい。その灯を見ると急になつかしさがこみ上げて来た。

 洋子とあそこに登ったのはいつの頃だったろう。二十歳の日々が突然に胸をつき上げて想い出されてくる。日本海いっぱいまで山並みが迫ったそこにある東北の小さな寒村からの精一杯の脱出。母も父も駅に見送ってくれなかった。少女の暗く感動の少ない生い立ちの記を、それでも胸いっぱいの喜びで聞けたあの日々。短い恋の始まりの頃がやるせなくよみがえって来る。

 電車が入って来た時になって急に腹の様子がおかしくなった。日中も大分便意を催してはいたが、その時は仕事に追いまくられていて一分延ばしに耐えているうち、いつの間にかおさまってしまった。
 そしてそのまま昼食もせず時をわすれて機械と格闘しているうちに終業になっていた。なぜあの時ゆかなかったのだ。それが今頃になってこの強烈な便意はどうしたというのだ。

 ひとつ駅は何とか持ちこたえた。でも二つ目の駅でもう辛抱出来ずに電車を降りてしまった。たまらない便意だ。腹の中がどうにかなっているのだろうか。そうだ、あの店で食べたレバーの刺し身にちがいない、それにあのラーメンも原因かもしれない。昨夜ラーメンを吐いていた光二。あの時いっしょになって吐き戻してしまえば良かったのだ。そうだ、今朝だって光二のよう半裸になってバーベルでも持ち上げて汗と一緒に全部出してしまえばよかったのに…。あの若さが明にはなかったのだ。

 秒刻みで便意は激しさを増してくる。尻の穴に全神経を集中して強く閉じる。それでもしゃがみ込んでしまいそうだ。もうどうにも駄目だ。呼吸が早く切なくなって来た。目が見えない、物がかすれて見える。
 一歩の為にあらゆる努力をする。ここは何としても駅の便所までたどり着かなければいけない。工場のあのボロボロの便所がこれほどまでになつかしいとは。柔らかなその中味が漏れ出してしまわないように尻を動かさぬようにして注意深く足先だけを小さく開いて一歩、また一歩階段を便所に向かって時
間をかけながら近づく。

 そして、そこの清掃中の立て札と入り口を閉じている木の柵の前でもうどうにもたまらず腰を降ろしてしまう。目の前がまっ暗になってしまう、脂汗が額と腋の下にじっとり出ている。

 一歩、また一歩ごとに立ち停まり全身をあえがせて荒い息を繰り返す。息を整えると、また次の一歩を慎重に出す。駅前広場の無限にも感じる長さ。パチンコ店まであと十メートル。自転車の老女が前をよろけて横切る。左折しようとして出会い頭にバイクと向き合って急ブレーキをかける。荷台が明の腰をかすめる、思わず出しかけた足をとめる。よろよろと後方へ倒れかけてその場へ腰を落とした。その時漏れた。わずか、わずかだが汁が漏れてしまった。

 あと五メートル。三メートル。あと一メートル。ドアを押そうとして中から飛び出して来た男に手をふりほどかれて、またよろけた。そしてまた漏れてしまう。どうしょうもなく漏れてしまう。

 街を歩く若い女達の胸に腰に視線が走る。充血した目が何かを求めている。完全に頭に来ている。
 服の中で張り出した胸の先に浮き上がっている乳首が見えるほど視線が狂暴になって来る。顔、胸、腰、足と一人一人をなめつくすように品定めする。今の明には見る事しか出来ないのだ。一文無しの上にズボンの下にはブリーフまでなくなっているのだ。

『月々に月見る月は多けれど、便所の窓から見る月は、これぞまことの運の月』
 便所の落書きのとおりにその小窓からは寒々とした白くて丸い冬の月が良く見えた。まるで今の明の身のさだめを笑っているかのように見下ろしている。
「クソウ、月まで俺をバカにしくさって」
 汚物の滲んだ下着をそのまま便所の落書きにゴシゴシとなすり付けて捨てた。本当なら窓から月に向けて投げ付けてやりたい気持である。不幸な男の心をもて遊ぶようなこの落書きと月の出。なんで便所にも行かずメシも食わずに働き続けた俺をこんな風にからかうんだ。掘立小屋のようなボロボロ工場の工員だからといってバカにするな、俺は、俺はミクロの技師だ。

 そのパチンコ屋のトイレに落として来たのだろうか。それともあの自転車の婆さんに轢かれそうになった時よろけてしゃがみ込んだのがいけなかったのか。まさか電車の中で尻の穴ばかり気を配っていてスラれてしまったのだろうか。確か三十二万と六千円入っていたはずだ、あの茶封筒の中には。

 十二月分の給料とボーナスのほとんどすべてだ。八十なん時間も残業した俺の汗と涙のあれがすべてだというのに。

 ズボンのポケットに入れたままにしておいたのがいけなかった。普通は数千円しか持っていない。
 だから裸の札と硬貨をそのままポケットに入れて生活していた。しかし三十万円は大金である。おのれの不注意としか言いようがない。ハイライト買った時の釣銭の小銭しかポケットにない。気がついたのはもう大分飲んでしまっていた後だった。

 パチンコ店のトイレを出て気分直しに隣の大衆酒場で一杯引っかけようと入った。煮込みとか湯豆腐とかを何品かをたいらげてひと息入れようとライターをさぐった時に気がついた。右になければと左ポケットも探し、上着のポケットも内ポケットもとせわしなく手を入れて見た。そうしてもう一度全部のポケットの中身をテーブルの上に並べた。スーッと気が遠くなるような絶望感。今度は立ち上がってさらに何度でも同じポケットをひっくり返して体中をさぐり廻して駆け出しそうな表情になっていた。

 洗いざらい小銭をはたいて、それでもまだ二十円ほど足りなかった。レジで三名の店員に囲まれながら必死になって言い訳を繰り返し一人一人に米搗きバッタのように頭を下げて回ったあの時のみじめな
気分。殴られて外に放り出されていた方がまだましだ。ドジな自分につくづくあいそがつきた。

 多分無駄だろうとは思っていたが、二度、三度、四度も足取りを思い出しながら夜更けまで駅前をさまよった。揚句にいくらかあきらめがついた。そう言えば三年程前も給料日にこんな事があった。

 一本電車を待てば良いのにそれが出来ず駅の中を走って、それでも乗り損なった上に十万円の入った紙袋と部屋の鍵を落としてしまった。あの時は、会社で次の月の給料の一部を前借りする事が出来たが、今度は年末年始の休みに入ってしまっている。光二の処にまで借りにゆくしかない。

 駅へ向かう人の波に背を向けて歩いて帰る。皆浮かれている、歌など合唱しているグループすらある。どいつもこいつもきっと俺の倍以上のボーナスを取っているのだろう。行き交う女達の胸の盛り上り。尻の丸み。そればかりが目につく。俺は金ばかりか洋子すら失ってしまったというのに、クソオ、いっそ抱きすくめて押し倒してしまおうか。
 捨て鉢な気分に浸りながら通りを抜ける。河が見えて来た。あの向う岸に明のねぐらがあるのだ。
 暗い中にせんべい布団がひとつ。十二月に入って一度もたたまず床の掃除すらしていない。それでも唯一明のねぐらがあるのだ。

 橋の中間から見える二つの大都会の夜景。その上をサーチライトが長い光を照射しながら回転してゆく。まるで燃えているかのように無数の灯をきらめかせている。眠らない夜の都会。町並とまばゆい光の夜景がどこまでも広がって続いている。
 対照的にまっ黒な河口から続く海。見渡しても何も見えない黒い海の向こうから次々と吹き付けて来る寒い木枯し。

 川口の砂洲に乗りあげたままのあの船が強くあおられてゆれている。支えのない船が砂の上で右に左に大きくゆれている。その上の岸のその向こうに密集する家々の窓にともる明るい灯。
 どの家庭にもあと二日でまちがいなく正月がやって来るのだ。そうだ俺にだって来年がくるのだ。しかしその来年に俺はどんな希望があるというのだ。いや今の俺には人並みの正月すらないのだ。

 吹き付ける風をまともに受けた時ジャリッと砂を噛んだ。こみ上げて来る不快感。グルルっと下腹が泣いている。今日はどうも駄目だ。消化しきれなかった豚の内臓とか昆布の切れ端とか野菜の繊維質の部分だけだとかが胃液と酒とゴタゴタに混ざり合って胸から口に逆流してくる。口の中に吐き戻された不快な液体に大きくむせ返る。

 たまらず口からあふれるそのにがみかかった咀嚼物入りの液体を海に向かってぶちまける。次々と腹の底からわき上がってくるアルコール混じりの未消化なドロドロの流動物体がたちまち口の中に広がる。吐いても吐いても限りなく出てくる。いや、気分だけが続いている。目まいのするような吐き気がまだまだ続く。

 身を乗り出して河の上にしゃがみ込んでいる。丸く白い月の姿が流れに浮いていた。吸い込まれゆくような水の流れ。かすんでゆく意識の底をリズムが流れている。どこからかテレビの歌謡曲でも風に乗って来たのだろうか。途切れ途切れにかすかに続いている。そうだあれは森進一の『新宿港町』だ。なぜかそんな事だけが妙に気になってしまう。秋の工場の旅行で光二が歌ったのはあの曲だ。ところで俺は何を歌ったっけ。

 手すりを伝いながらようやくまた歩き出す。もう曲は終っている。静まった海の闇からの風がまた砂を吹き付けて来た。岸辺の家々の灯がひとつずつ消えてゆく。もう足元の川の流れも見えない。闇に沈んでゆく大都会。見上げると冬の星達の耀きが、丸い月の白い明るさが、いっそうはっきりと夜空を飾っていた。

 ようやく渡り終えた橋のたもとに腰を下ろして一息入れる。飲み食いした物は全部吐き出してしまった
ので大分体がスッキリして来た。だがその分一気に眠気が襲って来た。ねむい、ねむい。たまらない眠さだ。胃も頭の中も空っぽになって、体ごと浮き上がって行ってしまいたいような気分だ。何も考えたくない。張りつめていた一ヶ月間の気力が完全に抜けてしまっている。

 働き続けてほとんどまともに寝ないでがんばって来たこの一ヶ月間。特にここ数日はろくろく昼飯も食っていない。立ち通しで機械と格闘していたのだ。

 そうやってまでして手にいれた三十万円も落とした。パンツも捨てた。運がつきた。体中のすべてを吐き捨てた、もう俺には何も残っていない。

 金もない、夢もない、残ったのは疲労と失望だけ。このままここで眠り込んでしまいたい明だった。
 あと少しでアパートの部屋に帰り着ける。眠気を振り払おうとハイライトを一本出してライターを点火する。そのボウッと明るくなった空気の向こう、街並のはるか先のアパートの二階。ライターの炎の中で浮かび上がったその部屋のあかり。思わず瞳をこらす。確かにそれは明の部屋だ。俺は今起きているんだろうな。夢を見てるんじゃないだろうな。

 あの頃はそうやって明の帰りを待っていてくれた洋子。再会のあと洋子の態度は積極的だった。二十四才といえばもう何もかもわかっている年齢なのだろう。やがて当り前のように明のアパートへ来るようになった。
「会社に電話してもいいかしら。先に部屋に入ってる夜は…。そうしたらゆっくり残業してこれるでしょ」
 来れば部屋を片付けて気のきいた夜食等を並べてくれる。そして小さな乾杯と二人だけで持つとりとめもない話。ひとつしかない明の夜具に身を寄せ合って朝を迎える幸福。そんな時の会話だった。
「いやいいよ。仕事中に電話は困るよ。こちらから掛けるから。鍵貸してあるんだから勝手に入ってろよ」
 やはり言えなかった。あの掘立小屋と洋子に知らせている額よりも大分少ない本当の収入を正直には云えることが出来なかった。

 機会を見て大工場の会社に転職してしまおうか。それとも今の工場を知らせるべきなのだろか。日が過ぎる中で明は自分の胸の中とだけ同じ質問を繰り返していた。「母さん。俺、結婚するからね」
 郷里の母への電話の中でついつい気持ちを打ち明けてしまった。洋子との日々で大分散財してしまった。それは母からの送金で埋めるしかない。口実ではなく本気に明は洋子との未来を考えていた。

 ただただ夢見心地で過ぎてしまったその後の数ヶ月。不意に思い立って夜訪ねて来ると、万年床を上げて部屋を片付け、湯を沸かし手料理を並べて、何時間でも明の帰りを待っていてくれた。
 駅を出て、疲れ切った身体を引きずるように帰る夜、角を曲がって突然に自分の部屋の電灯がついているのを見つけた時の喜び。この数ヶ月に何度あったろうか。それ程にわずかの短い二人だけの期間。
 冬になる直前、前ぶれもなく洋子が消えた。

 いや考えれば思い当たる事が次々に出てくる。今まで一度もなかった明への工場への外からの電話。
 それはしかし明が受話器を握った時は切れていた。取り次いだ事務所の男は、相手は名乗らなかったが若い女の声だといってニヤニヤしていた。秋の頃のことだと思う。

 そうだ二万円借りたままだった。あの月末、またまた金欠病になってしまった明は思い余って洋子をだました。職場の後輩の急病に五万円程貸してやる必要がある、いま急な事で一万円程足りないのだが、と話を持ちかけた時、洋子は二万円を渡してくれた。あの時の目の暗さを今にして思う。でもその時の明にはそれが読めなかった。

 そして最後になってしまったあの夜。洋子は何かを決心して来たのだろう。明のアパートに来る事をかたくなに拒んでいた。あの夜洋子は何を話そうとしていたのだろう。酒の中にすべてを沈めて二人で飲み回った夜の街角。行き着いた先の安宿のベッド。驚くほど乱れたあの夜の洋子の声と姿態。今でもはっきりと明の中に残っている。

 洋子から何を打ち明けられるのが怖かったのだろう。薄々感づいていた明のごまかし。それを洋子はどの程度の事として考えていたのだろう。

 そして結局、何ひとつ話さず洋子は消えた。職場に電話を入れても退職した者の行方など知らないと取り付く島もない。郷里に帰ってしまったのだろうか。寮を出て職場を去ったその先はどうしてもわからない。

 何もなくなってしまった明の心の中は涙で一杯になっていた。オモチャを取り上げられた明。無力感をどうする事も出来ないまま、連日の深夜残業の中で狂暴さだけを大きく、大きくつのらせて来ていたのだ。光二の若さにすら抑えようのない怒りが沸き起ることがあった。機械を回しているその時だけが何もかもわすれられる時なのに、そこにすら職長の言葉が追い討ちをかけて来るのだった。

 本当に洋子が来ているのだ。いやそうだ。絶対にそうだ。それしかない。それ以外考えてはいけない。こんな夜だからこそ、行く着く処まで落ち込んだこんな夜だからこそ絶対に最後の逆転があるはずだ。
 俺はミクロの技師だ。俺の削った鉄は砂粒ひとつ分の狂いもないはずだ。工作機械一筋、この十年間、誰よりも良く働いたじゃあないか。掘立小屋で夜中まで太陽の光すら見ずに油と汗にまみれて俺は、俺はひたすら一心に鉄を削って来たのだ。

 気がつけば、もう三十路が手に届く処に来ている。働き始めた十五歳の日から苦学を重ねて来たのだ。かならず俺の青春は今こそ最期の最期で耀く事になっている。そうにちがいない。あれだけ仕事も出来て真面目な俺が報われるのは当たり前ではないか。

 中天から少し斜め下にある満月に照らされた明の体がピョコンと跳ね上がった。そして思いっきり駆け出した後姿が月の光の中で遠ざかってゆく。
 砂の舞う産業道路へ曲がった時ふっと消えた。
 その一瞬。月光の下で二十八才の男の全身が火のように燃えて輝いた。
                           

                                       (了)

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