【寄稿 エッセイ】欲しいもの、必要なもの = 森田 多加子
朝、部屋に入るとルンバが駆け寄ってくる。丁度以前飼っていた猫のように、車椅子の足元にまとわりつく感じだ。私は思わず「ルンバちゃんおはよう」と言ってしまう。
自動掃除機の(ルンバ)は、毎朝シャーシャーと音をたてながら、リビングで働いている。命令を出しているのは私より早起きの夫である。
「おーい、そこはもう何度もやっただろう」
「キッチンには入るな」
「テーブルの下は、スポット(集中清掃)でやってもらうぞ」
骨折をして車椅子の生活を与儀なくさせられているので、床の掃除くらいは自動掃除機でと、子どもたちからプレゼントされた。
最初はどれほどのことがあろうかと高をくくっていたが、どうしてどうしてなかなかたいした働き手である。
カーペットを敷いていたが、つまずいて転ぶ事故も多いと聞くので、足腰の弱くなった最近は取ってしまった。床をフローリングにしていたのも幸いした。ルンバは快適に動き回っている。
最新式の器具のもう一つは、キッチンのガスレンジだ。火を使用するので、一番怖いのが消し忘れだ。高齢者が起こしやすい事故なども、想定範囲に入れて選んだ。今までも不便ではなく、それなりに機能的なものだったが、今回は、一つのコンロを使い終わると、3分でメインスイッチが切れるという。感震停止機能もついている。わが家の家計簿からは、ちょっと贅沢かと思えるが、この際安全のための必需品だと思った。
しかし……、である。
テーブルの下に、何やらわけのわからないスイッチがいっぱいだ。
コンロの上に鍋を置かないと、火はつかない。大きすぎる炎などは調節してくれるが、私のしたいことは無視して勝手にやる。
(左コンロ、温度が高くなっております。火力自動調節に切り替わりました)
少々じっくりと煮込む料理には、途中で
(右コンロ使用中です)と何度かいうので、
「知ってるよ、もう、うるさいなあ」と、怒鳴ってしまう。
ココットや、グリルプレートなどたくさん便利なものが付いているし、全ての料理が自動で出来るらしいが、使いこなせない。
こんなに複雑なものは、取扱い説明書を見なければ、わからない……。これがまたネット上にしかないのだ。印刷しようと思うと、なんとA4で28ページもある。仕方がないので、ざっと見て必要なページだけ印刷した。
読んでみると、自分の使い易いように、設定変更が可能という。音声ガイドはオフになる。ガスの消し忘れ時間、出来上がりお知らせ時間などの変更は勿論、ご飯のおこげを五段階に設定できるというのを見ると、笑うより笑われているような気がした。
どう考えても、私の理想のガスコンロは、もっとシンプルなものだ。火力は思うとおりに調節ができなければならない。今までのガステーブルでよかったのだ。我が家にとっては大金をはたき、何のために買い替えたのだろう。
後悔の中、先日、ガスを止めるのを忘れたのか、スイッチが出たままになっているのを見つけた。しかし、メインスイッチは切れている。
不満が高じて、買い直した動機を忘れていたことに気づいた。
これが一番大事なことだったのだ。器具に注意されたら、文句を言わずに感謝しなければいけないのだろう。
天ぷらも焼魚もきれいにできる。こんがりきれいに焼けた魚、なんと美しい姿だろう。だけど綺麗すぎないか?
ああ、焼魚は、油をボトボトおとしながら、少々焦げ過ぎたか、と思うくらいのものがいいのだ。