寄稿・みんなの作品

【孔雀船102号 詩】 sinozakiジグムントだより 篠崎フクシ

雨季をうしなった今年
かわきをいやそうと
校庭のすみに
井戸をほることにした

井戸掘り.jpg
ほりすすめると
水のかわりに光が湧くので
いのち綱をよくしめて
底のそこをたしかめにいく
光は生あたたかい
あかんぼうの産着のようで
やわらかだ

やがて
氷柱のような
白い円錐たちが上下にひろがると
光のさきに人の眼玉のような
ものが見えた
光のふちに手をやり
おもいきり
からだを外へともち上げる
ぬるりとした感触と
あたまをおさえつけられる
不快が好奇心にかわる

大きな人が不思議そうに
〈それ(id)〉をながめている
ふりむけば、うつろな眼をした
小さなおとこが、口をあけている

雨季をうしなった今年
かわいているせいか
校庭のすみでは
井戸から焔があがっている
だれも消すことはできない

──〈自我(ego)〉がこわれていますな

大きな人がペンチを握り
抜いておきましょう
などと言う
小さなおとこはしかし
最後の矜持をみせようと
〈それ(id)〉の導火線に火をつける

雨季をうしなった
この夏のかわきは
小さなおとこの
大きななげきでもあるらしい
校庭のすみでは
涸れ井戸をかこむ生徒たちが
〈わたし(ego)〉をこえる何者かに
いどむような眼ざしをむける

ジグムントだより 篠崎フクシ.PDF縦書き 

【関連情報】
 孔雀船は102号の記念号となりました。1971年創刊です。
「孔雀船」頒価700円
  発行所 孔雀船詩社編集室
  発行責任者:望月苑巳

 〒185-0031
  東京都国分寺市富士本1-11-40
  TEL&FAX 042(577)0738
  メール teikakyou@jcom.home.ne.jp


イラスト:Googleイラスト・フリーより

【孔雀船102号 詩】  うすい  中井ひさ子

久しぶりの上天気

太陽の下を歩いた


きっぱり生を確かめよう

道はあっけらかんと乾いている
太陽と影.jpeg

なんだどうした

わたしの影が

うすいじゃないか


歳と共にうすくなってきているような


陽射しが弱いのか

見上げると

きらら光が落ちてきて

目にささった


はんぱな影が地面で

呑気に揺れている

今さら落ちこぼれるな

きつく叱る


そんなこと知らない

世の中の都合だろう   

影は居直った


喧嘩している場合じゃないんじゃないの

うすい・中井ひさ子.PDF縦書き

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イラスト:Googleイラスト・フリーより

【孔雀船102号 詩】  あべこべ草紙 ――師・安西均さんの思い出に 望月苑巳

春はあけぼの、などとうっかり間違って書いた

その人は

頭を掻きながらぺろりと舌を出した。

東山のあけぼのは初夏に限る

たわけごとのせいか

眠気は待ってくれないので困ると言う。


氷菓子をくわえて

浜千鳥が揺れる小旗をくぐって

浴衣の少女がふたり

浴衣の少女.jpgねえ、今日はブランコに乗ろうよ

あの公園には嫌な奴がいるから行きたくないわ

そんな会話をなめあう。

緩い風がさらっていく

杜若が小さな池で自己主張をしている

蝸牛はのっそりと葉脈の道をなぞる

空にはセスナ機が旋回して 女の聲を散布してゐる*1

サッカーボールを抱えた少年が通りかかって

宿題はもうすんだのかいというと

少女たちはアッカンベーをした

ボールを当てるふりをして

少年は先生に言いつけてやろうと捨てゼリフ

向日葵が花火のように咲いて

子どもたちが砂場で相撲をとっている

盆踊りの会場は出来上がったばかりだ

蝉の声で埋め尽くされる東山が

足の長い午後をかくす。


あべこべだった方がいい場合だってあると

賢者は言った

噂によればあれは「夏はあけぼの」と書いたつもりだったのに

道長さまが声をかけてきたので手が滑ったのだという

枕草子を枕にじっとりと汗をかきながら昼寝

眠る進化論の夏もよかろう

どこですり替わったのかのかは謎だが

戦争の見える青春といふ展望臺で*2

子どもらは無邪気に遊んでいるのがせめてもの幸せ。


    *


その人は月の輪で寂しく亡くなったと人づてに聞いた。

   (*1)安西均「奈良公園」から。(*2)安西均「寂光院」から。

    *清少納言は京都郊外の月の輪というところで没した


あべこべ草紙 望月.PDF 縦書き

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イラスト:Googleイラスト・フリーより

【孔雀船102号 詩】 アナザー ワールド 苅田 日出美

ふと見上げると夜空に星が いつになくきらめいていて私の体にふりそそぐのだ。

目にうつるすべての星がキラキラとして 私のところに集まってくる。そんな日には 面白い詩に出会う。

釈迦.jpeg
筋肉少女帯・大槻ケンジの『リンウッド・テラスの心霊フィルム』という詩集のなかに「釈迦」という詩があって私は釈迦というヒトが好きだったし 仏教の世界も般若心経も好きなので 最初に「釈迦」という詩を開くと いきなり トロロの脳髄 トロロの脳髄という言葉があって

トロロの脳髄というのは間違いで あのアニメのトトロの脳髄じゃないのかしらと考えていると

シャララシャカシャカ

という合の手まではいるので 私はもう 釈迦という詩を頭で理解しようとしてはいけないと感じてしまって

ただもう シャララシャカシャカ というリズミカルな言霊の世界にどっぷりと浸かることにした。

それでも詩人は真面目ですから

「詩の読者は詩人の仲間だけになり、一般の知的社会は詩を読まず詩人を相手にしなくなった」― 加藤周一という文章などあちらこちらで引用されたりするのだがでも「ドーシテ」という前に 大きな風呂敷とかシーツとか カーテンとかで この「言葉」でしかものを見られないヒトの前にあるものを梱包してみようじゃないですか。クリストというアーティストがしたように梱包したり巨大な傘を立てたりして景色を一つ変えてみよう

  シャララシャカシャカ
  シャララシャカシャカ
  詩人だからって深刻がらなくてもよいのだと そう思うわけ。

ふと見上げると 月は満ちて 私の体にまぶしいほどの光のプラナをふりそそいでいた

アナザーワールド(アナザー ワールド 苅田日出美 PDF縦書き

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【孔雀船102号 詩】 隠れ水 高島清子

此処が沢であった証拠には

いつも水の匂いがした


水底にも夏のそよぎ

タガメのキチン質

イモリの緋色の脇腹

水に棲む者の為に

地底の水脈から

水は自分の場所を主張して昇って来る


みずさわ おさりざわ あじがさわ

涼やかな地名である

面妖な季節の通り道にも寄り添う水が

メスシリンダー.jpgゆっくりと目盛りを下る

分けても私は高野理化のメスシリンダーを

厳かに下る水の清烈さが嬉しかった


いちのさわ  にのさわ さんのさわ

沢にすんでいるのねあなた

あの時君が密かに笑いを隠したのを見逃す筈もなく

夜気が深まると水が匂ったが

騙し絵の地形に立つ私の足裏に遠く水がある

そう思うだけで命が騒めいた

水はいつも還ろうとしていたから

挨拶の言葉が乾くのである

   高野理化は神田にある理化実験用の器材屋である

孔雀船 隠れ水(高嶋清古
子.PDF縦書き

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【孔雀船102号 詩】  鬼  岩佐なを

セウワバウバウナリ

むかしむかし

とある団地に徳利型の

給水塔がたっていた

酒ではなく飲料水を注いで

いたのだったか子供たちはなにも

気にせずに塔下の空き地で

缶蹴り.png缶けりや隠れんぼをしていた

鬼は子を見つけると

その子の名を呼び連れていった

連れていかれた子は

遊びから消えたやがて

この世からも消えた

塔下には桃の花が咲き

小さな焼却炉の煙突からは細い

のろしに似たけむりがあがり

それを鬼は焼場のけむりと言った

鬼も子だった

子供たちはあっという間にバラバラ

たった百年もかからずに

老体になってよろけ

缶もけられず

焼却炉へ入り込む側にまわった

たった百年かからずとも

気まぐれに郷里をよろよろ訪ねると

塔も桃も炉もなかった

鬼は鬼籍へ

子らはほとんど既にのろしに使われ

めいめい墓場で

隠れんぼ

鬼は来るかな来ないかな

ワウジバウバウ


鬼(岩佐なを).PDF縦書き

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【孔雀船102号 詩】  捕獲 利岡正人

吐く息のこもった熱が
正面からよく見ようとした鏡を曇らせる
近づき過ぎて ぼんやり映る輪郭
絶えず世界を更新しようと
無数の傷のついた この表面を拭い続けてこそ
私の視界は確保されるのか

何ものかに見られ続ける
密林を何処までも突き進んでいた
鬱蒼とした藪の中で息をひそめる
獲物の微かな臭いを探して
眠るあいだも休みはない
明るい場所に引きずり出してやろうと
薄れゆく意識に抗いながら
感覚だけを研ぎ澄ませ
縄張りを越えてさまよう
飢えた妄念の影となって
意識を取り戻そうとする道のり
けれども 日の光も届かない森の奥処で
ようやく見つけたのは白いマスク
人間という哺乳類の痕跡
何のビジョンもなく
うつろに反射する
誰かが脱ぎ捨てて行ったものだ
傍らの切り株の上には
映写機 ③.jpeg映写機が置かれていた
スクリーンも掲げられていないのに
動物たちのための上映会が開かれようとしている
慎重に近寄ったが
「罠だ!」と気づいた時にはもう遅く
映像のぷっつり途切れた暗闇の中
泥濘にはまったかのように身動き取れず
先行きを見計ろうとする
山猫の眼を光らせ
息を押し殺す以外になかった
ただ映写機の空回りする軽い音だけが
後へも先へも進めない辺りに響いていた

洗面所の窓から見える曇り空が
断片として映る鏡の中
自らの呼吸音に耳を澄ませる
目が据わっている 取り残された顔
どんな獲物が捕らわれているのかも判然としない
だから急いで野に放とうとも思わない

捕獲 利岡正人.PDF縦書き 

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【孔雀船102号 詩】 夢の傾斜 脇川郁也

黄昏をついばんで山鳩が啼く
姿を求めて見上げれば
竹林を吹き抜ける爽やかな風だ
生まれたての緑色をして
まだ残る空の青さと
はっきりしない明日の行方を示している
竹林.jpg
ゆうべ
危うい夢の傾斜に
おののいて目覚めたのは
うなされたままのぼくの分身
もう片方のぼくは観念して
すでに冷たい視線を送っている

見知らぬ土地の記憶を追って
しばらく彷徨ってみたけれど
神がかたどったころの手触りが
ほんのわずか残っているのだ
夢のなかでさえ後悔ばかりの吐息
立ち尽くし足もとの影を見つめた

その日
尖った顎をさらに細くして
ぼくは静かに眠るだろう
目を閉じてから
小さな声をあげるだろう
圧迫された言葉は苦しげだろう
そのとき誰かが空を仰ぐだろう

空は赤く燃えているか
それとも静寂に満ちているか
湿った空気に包まれていようか
焦げた匂いが漂っているだろうか

あした雨にならないように
子等はてるてる坊主を吊すだろう
そしてぼくが死んだ後も
いまと同じように空は青いだろう
やりきれない青さで満ちているだろう

夢の傾斜 脇川.PDF 縦書き

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【孔雀船101号 詩】 秋のくれかた 船越 素子

空だけではない 
そのなつかしさも 空気までも
熟し始めた果物の匂いがしていた
時空が捻れていたことを
痛みが美しすぎて気づけなかった

御機嫌よう 鳩尾の痛み
果樹園.jpg果樹園のなかを 風が透過し
世界がバラ色にそまっていく
ほんの数分間の黙示
裸足で駆けだせばよかった  
気をとりなおし
影踏みをする
ずっと逢えなかった
あなたの影も
からだをよせてたたむ

(避難所のまえには
ちょっとした空き地があって
気高い振る舞いをする野良猫たちが
ゆるやかなコミューンをつなぐ
戸口の正面で
かれらが扉を開くまえに
叩き潰すのが
翼をもつものたちの恩寵)

いまはただじっと
息をひそめて待つ
秋がすとーんと
漆黒の闇をつれてくるから

秋の 船越 素子.PDF 縦書き 

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イラスト:Googleイラスト・フリーより

【孔雀船101号 詩】 少年の朝(連作)八木幹夫

もう、そこには戻ることはできないけれど
朝 めざめるたびにわたしは旅にでる

ラシード君のいた夏

早朝午前四時
しずかに家を抜け出す
車には釣り道具一式
仕掛け針
道糸と 0・3号の糸
昨夜握ったにぎりめし 水筒
車の中で反芻する必要なもの
バックミラー.jpeg後ろの座席をミラーで見ると
ラシード君が座っている
アメリカに帰ったんじゃないのか
どうしてまだ日本にいるんだい
ラシード君は笑ったままだ
大きな鮎を釣りに行くんだ
ラシード君は
わたしから離れない
アフリカ系アメリカ人と
結婚してDCで暮らす末娘の息子は
昨年の夏
コロナ禍の心配を押し切って
日本にやってきた
来るたびに
興味関心は変化する
アメリカ人プロレスラーのフィギャー
両生類、トカゲ、カメレオン
海の生き物、ハンマーシャーク
ドルフィン
そして今日は
フィッシング
夢のような
活きのいい大物を
あのエメラルドグリーンの水から
引き抜くんだ
ラシード 
ついておいで
眠るなよ

太古の位置

太古
わたしは
女で
たくさんの子を産んだ
その子たちも
たくさんの子を産んだ
その子もたくさんの子を産んだ

人種はまじりあって
平和だった
ひとはひとを殺すことはなかった
夕暮れに肩を並べて
いつまでも見ていた海
海辺では海の向うから
やってくるものを
手をつないで待っていた
流木をあつめて火をおこし
輪になって踊った
火を見つめていると
心が穏やかになった
わたしたちは洞窟にかえり
腰をゆるやかに動かし
愛する人にふかく愛された
海から押し寄せてくるものを
繰り返し受け入れるように

霧のたちこめる朝
子供になって
わたしは帰ってくる
父さん
母さんの
眠っている枕元へ
小さな庭の
アカバナサヤエンドウの
赤紫の花がいくつも
揺れて 濡れて
夜露にひかる
少年時代の朝よ
駆け足で太陽に
礼をいおう
ありがとう
街が遠い外国のように
幻想的だ
霧よ
ふかくたちこめよ

ナマズ

そこにいる
その草陰に
へどろを足で押し上げて
ふちに追い込む
そっちに逃げた
従弟(いとこ)は
大物だと叫んだ
鬚のある巨大な生きものが
どさっと畦道に
放り出された
どこかで
雲雀の声が聞こえた
堰き止めた用水路の
草束をはずすと
水は勢いよく
青い稲穂の田圃に
流れ込んでいった
空は明るかった


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