【寄稿・写真エッセイ】 夕暮れに犬が走る 阿河 紀子
秋田犬のミックス犬、『ぷりん』は、あっという間に大きくなった。先代犬のごん太が、晩年、室内で過ごすことが多かったので、ぷりんも同様に、家の中で暮らさせることになってしまった。
近所の人たちからは、「こんな大きな犬を家の中で飼っているの?」と、あきれられた。
私は、「もう、家が犬小屋よ~」と、笑って受け流す。
まさか、近所の人も、ぷりんが家の中で運動会を開いているとは想像もしていなかっただろう。ぷりんは、誰からも愛される、美しい犬に成長した。そして、自由に、家中を走り回っていた。
「リビングのソファーで飛び回るぷりん」
母犬譲りの賢さを受け継いだのか、ぷりんは、近所の人との付き合い方も実に上手だった。散歩帰りのぷりんは、庭いじりの好きな、おとなりの奥さんを見かけると、まるで自分の家の庭のように勝手に入り込んだ。そして、「お水が飲みたいの」と言うかのように甘えた。
奥さんがバケツに水をなみなみと汲んでくれると、実にうまそうに飲み、満足げに帰るのが日課だった。
斜め向かいのご主人は、ぷりんに、走って飛びつかれるのが好きだった。彼は飛びつかれても、嬉しそうに、
「痛いじゃないか、痛いじゃないか」
と大騒ぎをしては、ぷりんとじゃれあうのが常であった。
ある日、向かいの浪人中のお兄ちゃんが、緊張した顔で、
「ぷりんと一緒に散歩してきていいですか?」
と、唐突な申し出をしてきた。
「ぷりんが、うんこをしたら、その始末もしなきゃならないのよ。」
「大丈夫です」
と自信ありげに頷く。
「通行人や、他の犬に迷惑をかけないように出来る?」
「大丈夫です」
と胸を張る。
「1歳になったころのぷりん」
私は、少し不安だったが、散歩用のバッグとぷりんのリード(引き綱)をお兄ちゃんに託した。その不安は的中した。3時間も帰ってこないのだ。
携帯電話もない。どうしたのだろうかと、心配でたまらず、何度も表通りに見に行った。薄暗くなったころ、やっと無事に帰ってきてくれた。
かなり遠くまで行ったらしい。ぷりんが疲れて歩けなくなったので、途中で休憩していたと言う。
「ぷりん、ありがとうな!」
とお兄ちゃんは、嬉しそうに帰っていった。
翌日、我が家のポストに「ぷりんへ」と書かれた封筒が入っていた。
それはお兄ちゃんから、ぷりんへのラブレターだった。少し困惑したが、ぷりんに代わって私が読むことにした。「川べりで、ぷりんは、並んで一緒に時を過ごしてくれたね。それがとても嬉しかった。ありがとう」と書かれてあった。
この手紙の事は、私の胸の中にしまっておくことにした。
私たち家族は、ぷりんを連れて 色々な所へ旅をした。富士山、那須高原、軽井沢、清里など数えきれない。
「富士山5合目の駐車場で」 「清里で友人家族と」
大阪に住んでいた頃、家族ぐるみの付き合いをしていた友人と、現地で合流したこともあった。
ぷりんを家に置いて、人間だけで旅行するなど、私たち家族の辞書から消えてしまった。それほど、魅力的でかけがえのないぷりんとの時間だった。ところが、一緒に連れて行けないところがあった。大阪に住む私の両親の家だ。
「家の中に犬を入れる」
など、両親の辞書には無い。
仕方がないので、帰省するときは、ぷりんを預けるところを探した。ある年は、警察犬の訓練所だったり、ある年は、オープンしたてのドッグホテルだったりした。
少しでも居心地の良い設備と環境を、探して預けたが帰るまでは、心配だった。その頃、いつも世話になっている獣医が、「ドッグホテル」も始めた。私は、よく知っている獣医の処なら安心とばかりに、すぐ予約した。ぷりんが3歳の冬だった。
晦日に預け、三が日は大阪で正月を祝い、4日に帰宅するや否や、ぷりんを迎えに行った。すると、獣医が「大変だったんですよ」と言う。
何があったのだろうか。
31日の夕方、散歩帰りのぷりんは、病院の前までは、おとなしく付いて来た。獣医がドアの鍵を開けているすきに、首輪もハーネスもリードもぷりんは、勝手に自分で外し、走り去ってしまった。呼んでも知らん顔で、走る。
大晦日の夕暮れだ。赤く染まった空が紫色になり始める。正月の買い物の車で渋滞する道を、ぷりんは、車と車の隙間を駆け抜け、とうとう走り去ってしまった。
「いやぁ、かっこ良かったなぁ~」
などと獣医はトンチンカンなことを言う。
人間の足では到底追いつけない。ふと気づいて、カルテで住所を確かめると自宅方面に走っていったことが分かった。獣医は、急いで、車で追いかけ、私の家に着くと、庭にぷりんが居た。
「よかったですよ、ホッとしました。」
無事であったから、「良かった」で済むが、もし、車に轢かれたり、行方が分からなくなってしまったりしたら、どう責任を取るつもりだったのだろうか。
「走るのも早かったぷりん」
腹わたが煮えくり返り、悪態のひとつや二つ、ついてやりたいところだったが、獣医の顔など、これ以上は、見たくないので我慢して、早々に帰宅した。
だが、1つ分からないことがあった。
「ぷりんは、庭にいた。」
と獣医は言ったが、どうして入れたのだろうか?
門には鍵がかかっており、勝手には入れないはずだった。見たことのない、古い陶器の鉢が庭に転がっていた。
正月明けのごみ集積場は、新年の挨拶を交わす絶好の場になる。私は、会う人、会う人にぷりんのことを尋ねた。
表通りを走るぷりんを見かけた人や、自宅付近をウロウロしている姿を目撃した人はいた。しかし、「何故、ぷりんが庭に入れたのか、知らない人」ばかりだった。
やがて、お隣りの奥さんや、斜め向かいの奥さんの話から、謎が解け始めた。
自宅にたどり着いたぷりんは、斜め向かいの家の駐車場に入りこんだ。いつものように、門扉は開いたままだった。帰ってきたご主人を見つけると、大喜びでじゃれついた。
「もう少しで、車で轢いてしまうところだったのよ。」
と斜め向かいの奥さんは、少し怒ったように言った。
私は、正月に帰省するのを、お隣りの奥さんだけに伝えてあった。
ご主人は、インターホンを何回も押したが、誰も出てこない。
「留守中にぷりんが、戸外に出てしまったのだろう」
と思ったそうだ。
「さて、どうしよう」
と思案に暮れているところに、お向かいのお兄ちゃんが帰宅した。ぷりんが周辺をウロウロしていると何があるか分からない。
「心配だ。」
そこで、長身のお兄ちゃんが塀を乗り越え、ぷりんを庭に抱き入れた。古い陶器の鉢に水を入れてもらうと、いかにも「のどが渇いていました」と言う様子でぷりんは、ぐびぐびと飲んだ。
少し落ち着いたぷりんを見て、ご主人も、お兄ちゃんも、それぞれ家に帰った。その頃、獣医が車で到着したらしい。
ぷりんが吠えた。
その声を聞きつけたお隣りの奥さんは、最初は空耳だと思ったらしい。
「ぷりんは獣医さんに預けられているはずだ。」と最初は、無視をした。ところが、あまりにも吠えるので「やっぱり、ぷりんの声だ。」
と玄関先に出てきた。獣医が、名刺を取り出し、事情を説明した。ぷりんは、庭じゅうを逃げ回り、獣医には捕まえられなかった。そこで、奥さんも、塀を乗り越え、ぷりんの捕獲に協力した。
やっとのことで、捕まえ、獣医の車に乗せた。
「ぷりんが可哀想だった。」
と奥さんは、ぷりんに謝っていた。ぷりんは、いつものように尻尾を力いっぱい振っていた。
もし、近所の人がぷりんに優しく接し、守ってくれなかったらどうなっていたのだろうか。私は、ただ、ただ感謝するだけだった。
【了】