寄稿・みんなの作品

【寄稿・詩集「未完の風景」より】 天使のはしご=神山暁美 

雨雲のきれ間から

天と地をむすんで光がおりてきている

そこだけ ひときわ鮮やかな彼岸花が

あぜ道を滴ってこぼれていく

フロントガラスの隅に

貼りついたままのぬれ落ち葉 ひとつ

カーラジオから流れる

昭和の歌を聴いていた助手席の父が

とつぜん思い出したように口をひらく

「五島・福江島沖を航行中

東方の上空に

妖しい火柱がたつのを見たんだ」 と

ヒロシマの朝が裂けた日から三日後

船渠(ドック)入りしていた駆逐艦が

ナガサキの港を離れて間もない頃という


父の記憶のおわりを占めている

あの年の夏の風景が

ワイパーの残した

扇形にひろがるこの視界と

どのように重なったのか


天使のはしご かわいい名をもつ光線は

さらに幾すじもおりてきて

つぎつぎと棚田を照らしだしている

稔りの波を黄金色に輝かせながら


『未完の風景』より「天使のはしご」  PDF 縦書き


『詩人・神山暁美さんの略歴』

岐阜県・大垣生まれ

1988年 詩集『花思愁』 (私家版)

1989年 詩集『風詩集』 (私家版)

2001年 詩集『糸車』 (青肆青樹社)

2011年 詩集『ら』  (青肆青樹社)

詩誌「こだま」に寄稿

栃木県文芸家協会、日本ペンクラブ  会員

【寄稿・詩集「未完の風景」より】 天上の青=神山暁美 

きりりとねじった蕾を

いつのまにかほどいて

青をひろげる朝顔

心のかたちした葉先が

おとこの眸にゆれる

「しずかな夏だ」

つぶやきながらおとこは

記憶の襞をたたむように

まぶたをとじた



空と海

わずかな色の差で

水平線をたしかめる

ただひとつの敵影も

見逃すわけにはいかない


双眼鏡を手に

おとこは艦橋に起(た)っていた

視界を満たすのは

緊張の青 蒼(あお) 藍(あお)

明日はない

今だけを生きて

空に海に

散っていった者たち


ヘブンリィー・ブルー

『天上の青』と和名をもつ花は

咲ききった昨日いちにちを

しっかりと握りしめたまま

今日の庭を紅に彩っている

『未完の風景』より「天上の青 」PDF・縦書き

【寄稿・詩集「未完の風景」より】 時 代 =神山暁美 

昭和という時代があった 

戦争をして   負けた


敗戦を知らず戦い続けた兵士がいた 

元上官による任務解除 帰国命令

それに応える乱れのない挙手の礼

報道の画面に迷わず動いた父の右手



昭和を生きぬいて黙する男たちと 

まやかしの危うい美しさに気づかぬ

生きぬいた時代をもたない者たち


海は横に巻き込みながら

空は縦にうず巻きながら

人びとに不意打ちをかける


南の島で生き残った兵士を見つけた

戦争を知らない若者は

雪男を探しに出かけたまま帰らない


父もかつての兵士も 
 
平成の世を見据え生きている

命あるもの

いつかは迎えるその時までを


昭和という時代があった

戦争をして 負けたのだ


『未完の風景』より 「時代」 PDF・縦書き

【寄稿・詩集「未完の風景」より】 送り火=神山暁美 

六日 九日 十五日 と

忘れてはいけない日が三日もある八月

なのに 海も 山も 町も 

昼も夜も 遺された者たちの泰平のざわめき


風化させてはならない…と

語り継がねばならない…と

生きぬいた老体にその時の声を強いる人びと

戦争を知らない耳にどれほどがつたわるのか



戦場にいてすべてをその眼に映した父が

戦闘の記憶を自らの口から語ることはない

戦友との想い出話には笑みさえうかべて

戦地で食した南洋の高価な果物を恋しがる


私はそんな父を好きにはなれなかった

夜空に咲き乱れる火の花 ひびきわたる歓声

川面に裾を曳き逝く 流し灯籠のあかり

にぎわう月おくれの盂蘭盆会


人間魚雷「回天」を搭載したまま

日本海で敗戦の報を受けた父の駆逐艦は

いまも 福島県小名浜の港の先で

防波堤となって国を護っている


過去を洩らす戦傷の痕をこらえながら

しずかに送り火を見据えるうしろ姿

昭和二十年のこの日も

山は文字を描いて燃えていたのだろうか


『未完の風景』より 「送り火」 PDF・縦書き

【孔雀船 95号 詩】  源氏車  紫 圭子

黒い地あきの大島紬

白い糸が黒地とかさなって

かすかに銀ねずみの光沢を浮き上がらせる

柄のぼかし模様 日輪のような

牛車の輪を三つ置いた柄が飛び石みたいに浮かんで

その濃淡の距離がこころをひろげにくる


(源氏車の芯から八本骨の輻が放射状に円をささえているかたちです

でも八本骨の一つがぼかして消えているのでそこに接する円もみんな

欠けています


そのひとの眼の奥には夕陽が映っていた

糸を織りながら

夕陽に車をかさねていたのだろう


この世の車争い

諸々の六条御息所と葵の上の車たちを

欠けた模様の入り口から夕陽に吸いこませて

そのひととわたくしは

遥かな

轍の

水脈を手繰りよせては

眺めている


黒い地あきの大島の

裏地は赤

袖を通すと

島唄がひびいてくる


源氏車 PDF


【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738

イラスト:Googleイラスト・フリーより

【孔雀船 95号 詩】  魔物のノート 冨上芳秀

兄さん

写真を撮らせてくださいな

この子の七つのお祝いに

人を呪わば穴二つ

あなたの二つ穴をふさぎたい



少女にふさわしくない

塞ぎの虫を呪って

ウサギは駆けていった

生活に疲れた老女は

穴に入ったウサギの後を追って

ウナギのように

ぬめりとすり抜けて行った


穴の向うは別世界の月世界

齧歯類が可愛い前歯を見せて

人参を齧っています

虹を渡ってわななく思いを


渡月橋

トゲトゲしく

棘の増したサボテン女の

ラテンのサルサ


さる差しさわりの

あるいは何を

さらしの猿股事件

真相をさぐると

恥晒しの笹の葉

サラサラと

桜咲くササラ踊り


サザエのつぼ焼き

焼きシイタケ

虐げられたメシアのメシヤ


おい、そこの飯屋で

一杯やろうかと

兄さんはやけに気安く

私を誘ってくれましたが

これも気休め

骨休めと

酒を飲みながら

私を慰めてくれたのも

魔物の女の兄さんの

深い企みが

あったからですね


魔物のノート  PDF


【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

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TEL&FAX 042(577)0738

イラスト:Googleイラスト・フリーより

【孔雀船 95号 詩】  続・夕霧の墓 望月苑巳

夕霧のまぼろしふりしきって

擬宝珠がてらり

橋は渡す

息は渡す


お兄さまはいつ帰られましたの?

ほれ

朝もすっかり暮れて

手向けの花

すでに萎れましたわ

それだけではるは

つめたくあさい

目覚めを

求めていましたのよ


手水はぬらし

墓にぬらし

愛でて

さくら散らす


兄さまは涙に枯らすのですか

六条の辻から

読経が跳ねて

かりがねのつばさに雪の名残が

ほれ

兄さまこの道は

戻れない


夕霧の怨み

二度とできない影踏み

愛し

源氏物語のページ

夕霧をまたかすみ

つつみ隠すのですね

続・夕霧の墓  PDF


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孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
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【孔雀船 95号 詩】  続々・夕霧の墓 望月苑巳

つつみ隠すのですね

それから

滅びの音色へ

肩は寄せて

いみじくもあわれ

寄せては返すあわれ


兄さま、新しい館は慣れましたの?

庭の梅を春が匂うまで

月の光へ誘うとは

いけません。

だれが問いましたの?

はだれ雪も消えて

墓まわりには淋しく輝いています

兄さま、ここから

足音を枯らして祈りましたの?


それから

滅びの音色へ

梅の香は添えて

帰りましたの?

誰もがうるおう

春へなだれこんで

ぽつんと

叫びながらぽつんと

泣きながらぽつんと

沈まねば

梅の庭へ

兄さま、さびしゅうございます


夕霧さまの館が燃えています。

続々・夕霧の墓  PDF


【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
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【孔雀船 95号 詩】  愛しきもの 藤井 雅人

舞妓が歩く

――そう 舞妓さんは歩いてはるんどす

こともなげに 街路のうえを

二十一世紀の思いを煩う人々にまじって


数百年を跳躍して

なにげなく現在(いま)によりそう舞妓

老いた楠のかたわらに立つ時

彼女は木とおなじ齢になる


花簪はいつしか解け

花びらは宙の迷路をたどり

時の川を流れる花筏に舞いこむ


春の花 風 せせらぎ

あらゆる永久(とわ)に愛しきものらと結託して

たち現れる彼女を どのように迎えようか


だらりの帯の揺れの

柳の枝のようなあてどなさを称えようか

しかし どんな無粋な賞め言葉にも

彼女は白くきよらな面を背けるだろう

――舞妓はただの舞妓どすえ と囁きながら


愛しきもの  PDF


【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
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イラスト:Googleイラスト・フリーより

奥多摩・榧ノ木山(1485m)=武部実

平成29年10月11日(水)
 
参加メンバー:L武部実、針谷孝司、開田守

コース:峰谷橋~ノボリ尾根~榧ノ木山~榧ノ木尾根~倉戸山(1169m)~倉戸口バス停


 10:00、真っ赤に塗られた欄干の峰谷橋にあるバス停を出発。30分位歩けば、コンクリート階段の登山口があるはずだ、と探しながら舗装路を歩いた。
 階段は、道路と直角にあると思っていたが、実際は道路と並行に設置してあり見逃してしまう。峰谷まで行って気づき引き返す。30分位のロスタイムか。

 コンクリートの階段を登ったら、すぐに急登だ。
 足場は落ち葉等で軟らかいため踏ん張りがきかず、ずるずると後退しそうになることもしばしば。四つん這いになりながら必死に登ること約30分。まさに悪戦苦闘が続いた。
 このあとも急登はあったが、一番きつかったのは、やはり最初の登りだった。


 途中で昼食を摂り、登りを再開してすぐのところに、熊の引っ搔き跡のある木と糞を見かけたので熊鈴を取り出す。
 そういえば何年か前に、登山家のYさんが熊に襲われたのも、この近くだったはずだ。
 14:10に鷹ノ巣山と倉戸山の分岐に到着。ここが榧ノ木山のはずだ。ところがいくらさがしても山頂の標識が見つからない。三角点が無い山で、標識も粗末なブリキ缶に書いてあるだけなので、落ちてしまったのか不明だ。
 後で、このコースを通った人のブログを見たら同じように標識が見つからなかったとなっていた。とりあえず山頂に行ったということにして、時間もないので先を急ぐ。

 榧の木尾根は緩やかな下りのコースだが、ガスが出てきて見通しはあまり無く、道を間違いないように慎重に歩く。すると後ろからマウンテンバイクに乗った男性二人組が追い抜いていく。あっと思う間もなく、ガスの中に消えていくのだった。

 15:10倉戸山着。山頂は広々としているが、見通しは無い。マウンテンバイクの二人組に再会し尋ねたところ、鴨沢に車を置いて石尾根から倉戸口まで行くということだ。
 鴨沢の登りはキツイが、そこを過ぎればあとは降るだけだ。しかし岩場はないのだろうか。結構大変そう。当日会った登山客は結局この二人組のみ。

 15:20バイク組が出発し我々も出発。倉戸口バス停まで降るだけ。最初のロスタイムを取り戻すべく、バスの発着時間に遅れまいと必死だ。
 16:10バス停に到着。16:13発のバスにすれすれセーフだった。

 今回は多摩百山の2座を縦走した山行であったが、意外ときつくて大変な山であることがわかった。それと榧ノ木山の山頂が不明だったことが心残りであった。

  ハイキングサークル  「すにいかあ倶楽部」会報№223から転載

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