【孔雀船105号 詩】 深い霧 齋藤 貢
更新日:2025年4月23日
原子炉建屋が水素爆発した。
耳を疑うような知らせに
頭を抱えて
戸惑うひとがいる。
地団駄を踏むひとがいる。
呑みこめない朝を
無理に呑みこもうとすれば
言葉にならない
憤りが
喉もとにまでこみ上げてくる。
霧が晴れるにつれて
事のしだいが
少しずつ明らかになってきた。
戸外では
男のひとが大声で叫んでいる。
はやく逃げろ。
ここにいては危険だ、と。
坂道を避難所まで登ってきた老夫婦がいる。
地震や津波のあとに
放射線被曝の危険が
身に迫っているとも知らないで。
この土地で
草のように
いのちの高みに
両手を伸ばそうとしているひと。
余震が続いて
土のなかのこころとからだが
不安に揺れてやまなかったのだ。
できるだけ速やかに
遠くまで
避難しなければならないのに。
耕された土に
深く根を張りながら
必死にもがいているひともいる。
力の限りに歯を食いしばっても
からだとこころをつなぐ
いのちの細い糸が
いまにも千切れそうだ、と。
襲ってくる
もっと恐ろしいものを
ひそかに隠すように
霧がまた
この土地にたちこめてくるだろう。
深い霧に包まれて
事のしだいは
なかなか詳らかにならないが――。
あの日から
放射線被曝の
漠然とした不安が
大地とわたしたちのからだを棒で叩いている。
こころの池の水を激しく揺らしている。
【関連情報】
孔雀船は105号の記念号となりました。1971年創刊です。
「孔雀船」頒価700円
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