【孔雀船105号 詩】この夏 吉本洋子
更新日:2025年4月23日
夏を見ていた
庭のレモングラスが焼け焦げて
ただの茅にかえって
うな垂れて
この夏はあの夏に
あの夏
お前が押せよ
嫌だよ お前が押せよ
一列に並んだ物の怪めいた人間の列が
声を掛け合っている
血を吐くほどの声だったろうか
崩れるほどの引きつった顔だったろうか
人間だから
今年の夏は水遣りが間に合わなくて
気に入りの鉢を幾つも枯らしてしまった
私の怠惰が大事なものを失わせる
命を繋ぐ一番当たり前の事柄を
いとも簡単に後回しにした
この夏
刑務官の忌避するスイッチは4つ
自分ではなかったという免罪符の揺れ幅が
笑えるくらい貧しい
あの年のあの夏
そのスイッチは幾つ並んでいたのか
どんな目くらましで
人間だったら押せないそれを
カモフラージュしたのか
人間だったら押せないそれを
人間が押したのかあの夏に
【関連情報】
孔雀船は105号の記念号となりました。1971年創刊です。
「孔雀船」頒価700円
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