【孔雀船105号 詩】 二〇二四年 秋 尾世川正明
ある日
まがったもので撫でる
とがったもので刺す
おのれの頭蓋骨のなかに暗い間隙を受け入れて
もうあと十万回
心臓の拍動をかぞえる
岩場
その岩陰では
お産をしない習わしだった
そこは地磁気がすこし強すぎて
頭が狂ってしまうし
時に蛇が卵を産んでいるので
お産には向いていないのだ
丘陵地
広い丘陵地にはいくつかの詩が重なり合い
大地にトランポリンのような弾みと
輝きを与えている
青空からひかりとなってゆっくりと降ってくる
したたり落ちる乳と蜜
樹
樹にも感情があるのだろうか
雨を浴びて気持ちがいいとか
激しい強い夏の陽射しは
葉のおもてに張ったかたい嫌悪の緑で
はじき返してしまいたいとか
風が渡る明るい朝には
樹液をしみ出して
かわいい虫たちに吸わせてやろうとか
二月
二月が始まり立春もすぎて
雨水と呼ばれる季節のことである
それは紐を解いたひな人形の古い埃の匂いではない
開きかけた紅梅の甘い香りでもない
遠い距離を風に乗って漂ってきたちいさな粒子が
鼻粘膜につくと成長して手足を伸ばし
美しい姫になった
旅
山間の谷で
老人が死んだとき
子供の周りにいたのは
一緒に育った
山羊と雌鶏と猟犬だけだった
老人を土に埋めてから幾日か
子供は山羊と雌鶏と猟犬をつれて
遠い星の赤い沙漠へと
旅立った
言葉
言葉で作り出した目に見えないもののために
愛された人々の命を奪うものたちよ
地獄に落ちよ
言葉は愛された人々を飾る軽やかな衣裳となれ
愛された人々が踊る愉快な音楽となれ
【関連情報】
孔雀船は105号の記念号となりました。1971年創刊です。
「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳
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イラスト:Googleイラスト・フリーより
*各短詩間の行数、題の行数などは編集にお任せします。