【孔雀船102号 詩】 スリッパは見た!! 田中圭介
氷河期の平原に陽が射していた
マンモスに蹴散らかされ斃れた狩人は
皆に囲まれて美味しく食べられそしてまた生き返った
吹雪く日の洞窟は猿団子で温かったし
今世紀 凍えた焼死体が死ねずに行進していると男
またぞろ 目元が夕焼け小焼けと女
だから天空を泳がないうちのまぐろは旨くないのだ
夢のなかを自由に回遊しそして静かに眠る
世の中には熟成した味というものがある
それも大トロの想像の舌触りがまた旨いのだ
わたし 活きた魚を食べたいわ
この刺身あなたといっしょ 氷河期のままなんし
九州男子は愛しているなどと口走らない
黙ってこころの蓋を内側から見詰めておれば
ふつふつと発酵する音が聞こえて無言の旨味になる
透き通った芳醇な愛はこうして仕込まれるのだと
四分六の焼酎の揺れる水平線 まぐろが跳ねた
コップを透かして向こう側の魚眼をチラッと見た男
葱を刻む音で男はぼんやり目を醒ます
冷蔵庫のなかで呼吸をしていた無精卵が
単純に目玉焼きになる朝だ
煙の見える映像と味噌の立つ匂い
遠くでマンモスが吼えた 電車の警笛のように
長閑な天気で蠅が一匹窓硝子に取り付いた
ここから地球の隅っこの路地裏が見える
あの辺りが1丁目と二丁目の境目
その先の河原の石積みは良く見えない
この俺を喰う者もいないと男
女は男の下着を丸めて洗濯機に放り込むや
携帯で誰かにお昼のお刺身定食を誘っている
【関連情報】
孔雀船は102号の記念号となりました。1971年創刊です。
「孔雀船」頒価700円
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