【寄稿・エッセイ】 絶滅危惧 = 横手 泰子
毎年桜の開花は心待ちになる。町中を埋め尽くす櫻を見ると、「日本に生まれてよかった」としみじみ思う。
やがて、不安定な天候が櫻を散らし、近所の公園や多摩川土手の満開の桜が葉桜になっていく。文字どおり『三日見ぬ間の櫻』だ。それでも八重桜は、長く残って、濃いピンクが目立っている。
ある時期、わたしは毎年2度ずつ花見をしていた。東京で欄漫の櫻を見た後、北海道に帰ると、北上した桜前線と廻り合う。
しかし、北海道の桜はエゾヤマザクラなので、花が寂しい。淡紅色の満開の枝先が垂れるようなソメイヨシノを見た後では、物足りない。
北海道の春を告げる花は、白い花を梢一杯につけるコブシなのだ。冬枯れの山肌に、白い固まりが現れると、春を感じる。おなじ頃、身近にフクジュソウが咲き始める。
フクジュソウは雪が解ける際から姿を現し道端に帯になってさく。そのフクジュソウは環境省の絶滅危惧種のリストに上がっていて、毎年、私は「嘘だろう」と思いながら過ごした。
わたしが毎年雪解けを待ちかねて、でかけるのが二線の沢だ。雑木林の間を流れる沢に沿って細い農道があり、めったに人は通らない。南斜面に陽が当たり、葉を落した立ち木の根元にはフクジュソウが黄金色に輝く。その間にはエゾエンゴサクのヴルゥが微かに風にゆれて、沢の中にはミズバショウが咲いている。わたしはそこを密かに天国と決めていた。
環境省が決めた絶滅危惧種は、他にも北海道では普通に見られる植物がみられて、地域の偏りを感じた。
関東在住の学者がどこを調べたか判らないが、その資料を環境省のお兄さんが、机のうえで整理したものと思われる。自然の力はそんなにヤワではない。
『もっと勉強しろ』
と言いたい。
春一番のフクジュソウが終わると、エンレイソウが咲き始める。
この花は北海道大学の校章になっている。夫の先輩が研究して、この花がアメリカのロッキ-山脈に咲く花と同じ遺伝子だと突き止めた。そこから、北海道がアメリカ大陸から分かれた陸地だと実証した。エンレイソウの同種にシロバナノエンレイソウがあり、大輪の白い花は谷間を華やかに彩る。
この時期、北海道の至る所ではカタクリも群生して、『環境省の嘘つき』という状態になる。
私は環境省の悪口ばかり言うつもりはない。……実際に、かつて住んでいた多摩丘陵で、わずか一日で丘一つ切り崩された。豊かな里山がまたたくまに、一木一草のこさず茶色に変貌した。当然ながら、開発の代償として、貴重な植物が犠牲になっていく。
幸い北海道には、まだ大自然がのこっている。願わくはもう絶滅危惧種を増やしてほしくない。その北海道に新幹線の計画があり、野山が切断される。
私の願いは叶わないのだろうか?
元気に百歳クラブ 『エッセイ教室』 2014年5月作品