A040-寄稿・みんなの作品

【寄稿・推薦図書】 アンナ・カレーニナの法則=三ツ橋よしみ

『作者紹介」  三ツ橋よしみさん:薬剤師です。目黒学園カルチャースクール「フォト・エッセイ」の受講生です。

 東京近郊の「田舎暮らし」がはじまりました。いまは見るもの聞くものが新鮮だそうです。読書好きで、田舎暮らしに、読書とは贅沢ですね。



  アンナ・カレーニナの法則 三ツ橋よしみ   

                    
 歴史学者、ジャレド・ダイヤモンド博士の著書「銃・病原菌・鉄」(発行:草思社 倉骨 彰訳)は、ピューリッツァ―賞を受賞し、2010年に、朝日新聞「ゼロ年代の50冊」の第1位となり話題になった。
 昨年には文庫本化されたが、上下巻あわせて800ページに及ぶ大著だ。手に入れたものの、なかなかスラスラと読みすすめない。

 この夏の暑さに外出を控え時間ができたので、ようやく上下巻を読み終えることができた。


 ヨーロッパ大陸には多数の文明国が存在する。一方、オーストラリア大陸や南米大陸、アフリカ大陸の先住民族は、文字を持たず、近代文明を発展させることができなかった。アメリカ先住民やインカ帝国は、旧大陸からの移住者たちに、やすやすと征服されてしまった。

 なぜヨーロッパは文明化され、旧大陸は、文明化されなかったのだろうか。

 そんな世界史の疑問を、生物地理学者のダイヤモンド博士が、生物学、人類学、地理学、言語学などの知識を駆使し、といていく。知的興奮に満ちた本だった。
 約700万年前に、人類は、類人猿から枝分かれした。長いこと狩猟採集生活をしていたが、1万1000年前に、野生動物を飼いならし、植物を栽培するようになった。
 ヤリをもって獲物を追いかける暮らしから、定住し家畜や作物を食べる暮らしに変わった。多くの人々が養えるようになり、人は集まって住むようになった。食糧生産をするようになった人々は、技術を発展させ、人口を増やしていった。


 第9章は「なぜシマウマは家畜にならなかったか」というサブタイトルだ。章はこんな文からはじまる。
 「家畜化できている動物はどれも似たものだが、家畜化できていない動物はいずれもそれぞれに家畜化できないものである」と展開する。

「おや、どこかで聞いたことがあるような?」
 そうです。お気づきの通りこの一文は、トルストイの「アンナ・カレーニナ」の有名な書き出し「幸福な家庭は似通っているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸の内容が異なるものである」をもじっているのだ。
「アンナ・カレーニナの法則」ねえ。わたしは、初めてききましたよ。

 なるほど、「幸福な家庭」では、必要不可欠な多くの要素、たとえば愛、経済、親戚関係、性格、宗教、価値観などで、夫婦の意見が一致しているか、まあまあ一致していなければならない。そして、そのうちのいくつかが欠けた場合に「不幸な家庭」ができるというわけである。

 それじゃあ、ダイヤモンド博士のいう「家畜化できる動物」とは何か。

 馬、牛、羊などの大型哺乳類をさす。家畜化できる動物を、大陸内に持っていた国々は、農耕作業をさせ、輸送手段にし、肉や乳製品を手に入れ、経済発展を遂げていく。
 一方、アフリカ大陸のシマウマは、気が荒く、近づく人間は蹴飛ばしてしまう。家畜にならない動物なのだ。アフリカ大陸には、人間生活に役立つ働き者の動物が存在しなかった。それがアフリカの経済発展をさまたげる一因ともなったという。
 様々な要因を重ね、世界の「地域格差」が広がっていった。


 「銃・病原菌・鉄」を読み終えたとき、子供のころ観た、西部劇映画「駅馬車」のワンシーンを思いだした。
 駅馬車に乗った白人たちを、アメリカ・インディアンがおそう。インディアンは白人の銃で撃たれ、ばたばたと死んでいく。彼らは裸馬にのり、斧や弓矢しか持たない。
 この戦いは、おかしい、とわたしは思った。フェアではない。彼らにも妻子がいるのだろうに。これじゃあ、みんな犬死にじゃないか。
 映画の公開は戦後まもなくで、みんながアメリカにあこがれていた時期だったが、こんな映画をつくる、アメリカという国は、信用できないと思った。
 そして今、この本が教えてくれた。なぜ、アメリカ・インディアンは、あんなふうに死んでいかなければならなかったのか。

 知りたい人は「銃・病原菌・鉄」をお読みください。

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