【寄稿・写真エッセイ】 旅のお供=齋田 豐
作者紹介 齋田豊さんはシニア大樂「写真エッセイ教室」の2期生です。
夏は旅行会社から、世界各国、冬向けの音楽旅行冊子がたくさん送られてくる。彼女はそれを丹念に見るのが大好き。ウイーンの大晦日から元旦ニューイヤーコンサートにも出かけています。
旅 の お 供 齋田 豊
私は、旅行の度に、人より荷物を1個余分に持つ。周囲から、「大変ね。」と言われるが、旅行好きな私にとって、それは喜びである。
こんなことがあった。楽しい1泊旅行の翌朝、私の隣に寝ていた人から、
「あんたの鼾がうるさくて眠れなかったわよ」
と言われたのだ。その人は布団を上下逆さに敷き直して寝たという。
私は40歳を過ぎるまで、あまり、自分の鼾を意識していなかった。
20代、30代には仲良しの康子さんと国内はもちろん、ヨーロッパ旅行もしているし、小旅行なら色々な人としている。長い間、随分多くの人に迷惑をかけていたことになる。
すっかり忘れていたが、小学生時代、学童疎開先で、友達から、「鼾をかくね」と言われたことがあった。でも、そのため「睡眠不足になった。」と言われたことはない。
子供たちは、ぐっすり、寝てしまったのであろう。
ハムレットの舞台 クロンボー城お祭りで仮装をしている(写真説明)
旅行が憂鬱になったのは、あれ以来のことだ。
しかし、元来、旅好きな私、「鼾をかくから」を理由に不参加などできない。旅行では、好きでもない、コーヒーを飲んで、一番後に寝ることに決めた。
宴会では飲みたいアルコールをひかえ、みんなが酔って早く寝てくれることを願い、もっぱら、注ぐ側に回った。しかし、アルコールを嗜まない人だって居る。仕方なく、宴会が終わると、真っ先に、部屋の一番奥に陣取り、壁に向って休むことで凌いで来た。
50代後半、私は喘息を発症、急遽入院することになった。その後も、しばしば発作を起こし、点滴のため、1晩の入院を繰り返した。
しかし、改善されず、10年後、完治をめざし、再度長期入院をした。4人部屋なので、鼾で睡眠を妨げられたという声は聞こえて来る。病人は昼間も安静にしているから、不眠症の人が多いのは仕方ない。
一方、私の方は、それほど安静の必要はない。むしろ、退院した時、足腰が弱っている方が、よほど困るので、外出許可を貰って、極力散歩を心掛けた。入院先の半蔵門から、内堀通りを歩き、竹橋の国立近代美術館や日比谷公園にも足を延ばした。
夕食後は程よい疲労が睡眠を呼び、心地よく、爆睡、高鼾につながってしまう。
しかし、同室の人たちの反応を想像すると、気が滅入る。退院患者が続き、たまには、私一人のこともあったが、またすぐ、患者が入院して、ベッドは満席になった。
2年後、今度は、心臓肥大で入院、心膜に溜まった水を抜いたが、また溜まる。原因究明のため、心膜を取って調べた。全身麻酔が覚めてからの、身の置き所もない倦怠感には心底、参ったが、この時は、1人部屋なので、鼾の気兼ねは要らなかった。ただ、入院が長引き、差額のベッド代は、バカにならなかった。
「人魚姫」 人が多く、なかなか近寄れない(写真説明)
今後、歳を重ね、病気も多くなるだろう。しかし、そうそう1人部屋には入れない。たかが鼾、されど鼾。先行きを考えると落ち込んでしまう。
そんなある時、鼾の治療をしたお相撲さんが、成績を上げたという話を小耳にはさんだ。私も治療を受けたいと思いつつも、実際行動を起こさないまま、時が過ぎた。
睡眠時無呼吸症候群という言葉が聞かれるようになったのはここ数年のことである。 私は今も、喘息で掛かっている医師に、鼾のことを話し、精密検査を受けた。その結果、はっきり、睡眠時無呼吸症候群と診断され、経鼻的持続陽圧呼吸療法をすることになる。通称シーパップと言い、鼻マスクをして空気を喉に送るのだ。
この器具はレンタルで、月に一度、SDカードを持って、病院に行き、使用状況を印字し、使用料を支払う方法だ。現在、この器具は35cm×20cm×20cmのバックにすべて収め、旅行に携行できる。しかし、かつてお相撲さん(元横綱大乃国・現芝田山親方)は一抱えもある機械を弟子に担がせ巡業したそうだ。器具のレンタルについては、異論もある。
私も買おうと思ったが、会社によると機械は日進月歩しているので、その時々で、新製品を使う方が賢明だと言われた。
今、私はこの器具を携え、何人部屋でも、気兼ねなく旅行に参加している。
ちょっと思い出しただけでも、山中湖、昼神温泉、月岡温泉、高遠・上田城。震災前に鵜の岬・五浦海岸六角堂にも行った。桂林、ウイーン、韓国、デンマークなど海外にも出かけ、楽しい時間を過ごしている。これからも、国内外を問わず、旅を続けたい。
だが、肝心なことは健康とお金だ。健康は、自己管理で、かなり体力を維持できそうに思うが、問題はお金。年金生活のわが身、長期間のデフレのお蔭で、安定的な生活が維持できていた。
昨今、経済の活性化が一際高く叫ばれ、ボーナスが増える会社も出始めた一方、物価も徐々に上昇傾向を見せている。あまり急激なインフレにだけは、ならないよう、ひたすら祈り、願っている私は、自己中心な人間だろうか。
【了】
写真・文 : 齋田 豊 平成25年3月作成