【寄稿・フォトエッセイ】 テレビ=久保田雅子
【作者紹介】
久保田雅子さん:インテリア・デザイナー。長期にフランス滞在の経験があります。(作者のHPでは海外と日本のさまざまな対比を紹介)。
周辺の社会問題にも目を向けた、幅広いエッセイを書いています。
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作者のHP:歳時記 季節と暦の光と風・湘南の海から
テレビ 久保田雅子
私が小さかった頃、テレビは近所の家に見に行った。
プロレスが人気だった。黒いタイツのレスラー<力道山>がなつかしい。
私の家にテレビが来た? のは、今の天皇陛下のご成婚のときだ。もちろん白黒テレビだったが、自宅にテレビがあることで、急にお金持ちの気分になったものだ。ご成婚パレードを、家族全員でテレビの前に並んで座って観た。
その頃は駅前や公園などに街頭テレビが置かれていた。プロ野球中継のときには、それらのテレビの前に人が大勢集まって観戦していた。まだ一般家庭にテレビが必ずしもある時代ではなかったのだ。
東京オリンピック(1964年)の中継は国中で盛り上がった。この頃から家庭にテレビが普及した。
アメリカのテレビ番組が放映されるようになった。
<ララミー牧場><ローハイド>などウエスタンは特に人気だった。
私が結婚したときは、彼が持参してきた古い白黒テレビだった。(彼の実家でカラーテレビを購入したので不要になった…)。
<シャボン玉ホリデー>や<座頭市物語><子連れ狼><11PM>などを楽しみに観たものだ。<ブラウン管のスター>などといわれて、テレビで活躍する芸能人が人気になっていった。
だんだんテレビ局が増えて、朝も夜も休みなく番組が溢れるようになった。
私は子供たちにテレビを見ながらの食事を禁止した。テレビは家族から会話をうばう存在だと思うようになっていた。
昨年7月のデジタル化で、仕方がなくテレビを買い換えた。
いままでと同じ大きさにしたら、主人は不満そうだった。(充分大きいのに…)。
子供たちはそれぞれ結婚して、今は主人と二人の暮らしだ。
夕食時には必ずテレビをつける。
「きょうも面白い番組はないね…」と毎日言いながら…。
二人の会話のなさをテレビが補ってくれるのだ。
「近頃のテレビは見たいものがほとんどない」と言う彼の書斎には、リビングにあるよりずっと大きなブルーレイ搭載のテレビがある。
私は葉山でいつも週末を一人で過ごす。
ある夜、テレビが突然故障して映らなくなった時、思いがけず動揺した。急に心細く不安な気持ちになったのだ。
テレビは楽しい面白い番組をみるだけのものではなく、世間とつながる一人暮らしの友(話し声を発する?)だった…
私の母も義母も今年87歳だが、それぞれ一人暮らしだ。
テレビは、彼女たちの情報の窓口、日常生活の心の支えになっているはずだ。
本人に聞けば「冗談でしょ」と言われそうだが…。
結婚した娘の家には、食卓のある部屋にテレビはない。
子供たちはゲーム機やパソコン、Ipad、携帯など、それぞれちがう楽しみがあり、勉強も忙しい。家族でテレビをみることはほとんどないようだ。
(ブラウン管の時代が終わって山林に捨てられたテレビ・宮城県)
テレビ業界が不況だというが、昨年のデジタル化で国民全員にテレビを買わせて、今年テレビが売れるわけがない。
テレビはいずれ高齢者たちだけの必需品になって行くのではないか?
それとも今までと違う、新しいテレビの未来があるのだろうか。
少しだけ、楽しみだ。