【寄稿・エッセイ】 I君のこと=久保田雅子
【作者紹介】
久保田雅子さん:インテリア・デザイナー。長期にフランス滞在の経験があります。(作者のHPでは海外と日本のさまざまな対比を紹介)。
周辺の社会問題にも目を向けた、幅広いエッセイを書いています。
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作者のHP:歳時記 季節と暦の光と風・湘南の海から
I君のこと 久保田雅子
I君とはデザインの勉強を学んでいたころの友人だ。
私はインテリアデザインを、彼は工業デザインを専攻していた。
若かった私たちは仲間が集まればすぐに飲み会になって、だらだらと朝まで騒いで過ごした。仲間といるだけで楽しい時代だったのだ。
仲間たちはそれぞれに結婚したり就職したりしてばらばらになっていった。
I君はデザインとは関係のない芸能界で、お笑いタレントとしてテレビで活躍するようになった。結婚して子供ができたうわさを聞いた。彼は仲間の結婚式や、その子供の結婚式にも出席して、久しぶりに会う私たちを、芸能人らしく明るく陽気に盛り上げてくれた。
そのうちに離婚はしていないが別居している…、病気の子供がいる、などの話が伝わってきた。
先日、朝日新聞の特集<障害者が生きる>で、障害者の父としてI君が語る、インタビュー記事を読んだ。
そこには私たち仲間には知らされなかった内情があった。
(今になってやっと話すことができたのかもしれない…)
彼の次男は今年26歳になる。次男は頭の骨に異常がある(クルーゾン氏症候群)先天性の重い障害をもって生まれた。手術をしなければ手足がマヒしてしまうと言われて、生後4か月で大手術をした。
彼は次男の病気を知ったとき、死んで欲しいと思ったと告白していた。
先々のことを考えると、怖くて悲しくて、頭がまっしろになったという。
なにがあっても、テレビでは明るく人を笑わせなければならない仕事が、つらくてできなくなった。陽気なお笑い芸人として活躍していた彼は、その時から人生が変わった。
現在では独特の怪談シリーズで、全国ツアーを展開している。
夏には必ずテレビで彼の特別番組がある。
(彼は次男のおかげで? 芸能界で自分の世界を確立することができた…)
障害者への理解を訴える講演や、街頭での演説で支援活動をしている。
重度の知的障害者である次男は、今も自分ではなにもできない。
話すこともできないが、一生懸命生きている。
I君は一度でいいから「お父さん」と呼ばれたら、どんなにうれしいかと思いながら、がんばっている。やがて自分と奥さんが年をとって、次男の面倒をみられなくなる、その時が来る不安を考えながら…。
「障害者に対して優しくしてくれとはいいません。せめて嫌がらないでください。忘れないでください。世の中に要らない命なんてないんですよ」と彼は訴えていた。
障害は特別なことではなく、誰でも老いてくれば、腰が悪くなる、足が不自由になって杖や車いすが必要になる。呆けて自分の家がわからなくなるなど、だんだん体のどこかが障害になっていく。いずれは誰かの助けがなければ生活できない身体になっていく。
(自分だけはそうはならないと思いながら…)
I君、あなたは若いころよりずっと魅力的で、すてきなおじさんになっていた…。