【寄稿・エッセイ】 タローのご招待=三ツ橋よしみ
【作者紹介】
三ツ橋よしみさん:薬剤師。目黒学園カルチャースクール「小説の書き方」、「フォト・エッセィ」の受講生です。
タローのご招待 三ツ橋よしみ
正月の早朝だった。飼い犬が玄関ドアをひっかいている。散歩の催促だ。もう少し寝かせてと言い聞かせても、ひっかくのをやめない。しょうがない。起きて散歩の支度をはじめた。犬は一張羅の毛皮だが、私はコート、マフラー、帽子、手袋とたいへんだ。
タローは柴犬の雑種だ。毛が密生していて、冬が大好きなのだ。引っ張られて公園につくと、犬はうれしそうに草むらをかぎまわる。仲間のにおいがするのだろう。枯れた芝生を駆け回り、からだをこすりつける。霜柱の地面でも平気だ。
公園の木々は枝ばかりだった。光が地面まで抜けるので、冬の草むらは意外と明るい。丘の茂みから、初日の出がゆっくりと、顔をだした。拝んだ。
家にもどり、元日の食卓を囲む。娘はお雑煮を食べ終わると、ぴょんぴょんとはねるように、彼氏のもとへ出かけていった。大学は出たが就職が決まらない娘である。心配してもはじまらない。本人が元気なら良しとするか。
夫婦二人の静かな正月となった。
家の電話がなった。近所のK奥様からだ。一月四日のお昼に、とお誘いを受けた。私たち夫婦とタローを是非にとのことである。
奥様は、八十才くらい。足が弱って最近は車椅子での生活だ。五人のヘルパーさんが交代でお世話をしている。一人暮らしだが、いつもおしゃれな素敵なご婦人である。
そんな奥様に、我が家のタローが見初められた。
奥様は散歩のおり、我が家の前を通る。タローはフェンスから鼻をつきだしていた。奥様はおもしろがってタローに餌をやった。タローは大喜びだ。それからは奥様が通るたびに、しっぽを振り、甘えた声で鳴く。しまいにはフェンスから身を乗り出し、婦人の顔をなめまわす。奥様はいやがらず、たいへん喜ばれた。
「毎日の散歩が楽しくなったわ」と奥様は、おろおろするヘルパーさんに笑顔をむけていた。
その奥様からのご招待である。犬あっての私たち。私たちはタローのつきそいのようなものだ。
花束をかかえ、K婦人宅をたずねた。
奥様は、車いすで玄関まで出ていらっしゃった。タローはしっぽを振り甘え声を出し、奥さまの顔をぺろぺろ。赤い口紅があっというまに舐められてしまった。
豪華なじゅうたんがふわふわしている。シャンデリアのある広いリビングルームだ。タローは部屋中を駆け回った。犬は、自由気ままに育ち、恥ずかしながら、まるでしつけられていないのだ。
タローがじゅうたんに、からだをこすりつける。じゅうたんはあっという間に毛だらけだ。ヘルパーさんと私が、犬をおいかけ、リードをひっぱって部屋の隅につないだ。
お屠蘇とおせちをごちそうになる。
「お蔵」からワインが取り出された。色の綺麗なかおりのいいワインだった。
奥様のおうちからの帰り道、私たち夫婦はほろ酔い加減。いい気分だった。夫が「長生きするんだぞ」とタローの頭をぽんぽんとたたいた。
タローは電信柱のにおいをかぎ、通りかかった子犬に、吠えかかった。