A040-寄稿・みんなの作品

[寄稿・エッセイ】夫の読書会=三ツ橋よしみ

【作者紹介】

三ツ橋よしみさん:薬剤師。目黒学園カルチャースクール「小説の書き方」、「上手なブログの書き方」の受講生です。児童文学から大人の現代小説に転身しました。


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                     作者HP:恵比寿 代官山 中目黒 美人になるランチ


夫の読書会      文・写真 三ツ橋よしみ


「晩ごはん、いらないよ」
 そう言って、夫は出かけて行きました。
 きょうは月に一度の「夫の読書会」なのです。会場は御茶ノ水の小さな喫茶店で、5,6人が参加するそうです。
 夫の一郎は、旅好き、山好き、マラソン好きです。パソコン脇の本棚には、旅、山、温泉関係の雑誌がいっぱい。「金魚の飼い方」「メダカ・おたまじゃくしの飼い方」といった本も並んでいます。根っからのアウトドア人間です。そんな人間がいそいそと「読書会」ですって。どうなってるんでしょう。
 「なにね、会社も定年になったことだし、今までやらなかったことを始めようと思ったんだ。たまに小説を読むのもいいかなって。でも、何を読んだらいいかわからないから『読書会』なんだ」


 ふん、わたしには、読みたい本がわからないってことが、わからないですが……。そういう人もいるんですねえ。
 わたしはといえば、多読、早読みの、活字中毒なのです。書店で新刊をチェックし、話題の本は必ず購入します。もちろん、ネットで本探しもしょっちゅうです。読み終えた本は、こまめに中古店に売りに行き、帰りに文庫本を買ってかえります。いつも手元に読みかけの本がないと、落ち着かないのです。


 夫の読書会の、一冊目は横山秀夫の「クライマーズ・ハイ」でした。一郎はまずネット書店のアマゾンで新品を取り寄せました。アマゾン、デビューです。人気のある作家ですから、ブックオフに行けば、いくらでもあるでしょうに。一郎は書店に出向いて、本を買うことさえおっくうらしいのです。沢山の本に圧倒されちゃうのかもしれません。

「クライマーズ・ハイ」は気に入ったようでした。御巣鷹山の日航機事故を題材にしています。作者が上毛新聞記者でしたから、体験が生きていて、発売当時はけっこう話題になりました。たしか映画化もされたとおもいます。夫の両親は前橋出身、小説の舞台も群馬県で、夫には楽しく読めたようです。


 わたしの子供の頃、本は大切なものでした。表紙をなでたりさすったりして、こっそり本の中をのぞきました。活字の一字一字を読み進むと、ページから物語がおどり出てきました。宝箱を開けたときのように、どきどきして、わたしは本のとりこになったのでした。

 課題図書の二冊目は森鴎外でした。「ヰタ・セクスアリス」でした。
 おやおや、これはおもしろい選択です。鴎外先生の性体験をつづったものですから、読書会の主催者は一般受けをねらったのでしょうか。
 夫はしごくまじめに課題図書にとりくんでいました。老眼鏡をかけて、一頁一頁、ゆっくり丁寧に読んでいます。
「森鴎外ってすごく難しいかなって身構えちゃったけど、すらすら読めた。久しぶりにいい日本語を読んだなって気がしたな」
 鴎外さんに、日本語の美しさを感じたんですね。夫にとって読書そのものが新鮮なようです。いままでの読書は、情報収集のための記録で、「文学」ではなかったようです。
                                                【おわり】


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