A040-寄稿・みんなの作品

【孔雀船106号 詩】  楽しい日本 田中圭介

束ねると新聞紙って重たいわ 首を傾げる地球みたいに
掌に括り紐が食い込む ひまわり畑は覚醒した骨たちの地中海性気候
あーたは草茫茫のモンスーン地帯でぼんやり目を覚まして

未だ魂が抜けたままなのにふわふわと古新聞を捨てに行かされる
頭のなかで小石を蹴飛ばし まだ濡れている小さな畑を跨いで
里芋の葉っぱの露玉と光の交点 ここは豊葦原之瑞穂国 ゴミ捨て場はそこ

傲慢に蔦延ったミントの匂いって堪らない臭いなのよね
密かに匍匐前進 辺りを窺いながら 根っこを絡ませて
胡瓜も茄子も平凡な暮らしまでいつの間にか包囲されてしまうのよ

いま俺って今日の天気図のどの辺りにいるのだろうか
夕焼け小焼けの赤とんぼで日が暮れて明日は曖昧に晴れたり曇ったり
冷たくなって硬直した古新聞は遺体のように重くなっている

罪のない幼虫だって踏み潰すのよ ここからここまでは私の畑なんだから
下心に沈殿している毒も密かに希釈し攪拌して散布するの
法蓮草を引き抜くときはニンフの顏 畑ってこうやって広げるの

隊列 台車のミサイル 人形の最敬礼 兵隊さん一つビールでも飲まないか
簡単にニュースが終わるとリモコンで選択するドラマは殺意でいっぱい
間引かれた大根の葉っぱの漬物がコッぷの横に据えられていて

あーたの世間って今朝の新聞紙なのよね
畑の方が少しだけ広いわ 空が眩しくて 無口の大根の白さが嬉しいの
地球だってまだまだ瑞々しいわ 神様って苔むしたお地蔵様お一人でいいの

囚われているのさ俺たち トマトの皮みたいに薄っぺらな大気のなか
鉄格子を揺さ振ってみる カンカン叩く 脱走できない安全地帯
新聞紙はテッシュぺーパーにリサイクルされてガラガラポンの残念賞さ

今時畑ってハウスの中なのよ 一直線に整列し季語を忘れた野菜たち
不感症の季節 計算された室温 テーブルは痛覚を失った歯の虫たちの咀嚼音
プランターに米を蒔いて水をかけていたお母さんもいたんだって

具体的に玄関のノブを回して外に出た
天と地の間は抽象的に春雨が降っている 大和ごころの美しい日本
郵便受けは裂けそうな大口で分厚い朝刊を銜えている

楽しい日本 PDF.pdf


 【関連情報】
 孔雀船は105号の記念号となりました。1971年創刊です。
「孔雀船」頒価700円
  発行所 孔雀船詩社編集室
  発行責任者:望月苑巳

 〒185-0031
  東京都国分寺市富士本1-11-40
  TEL&FAX 042(577)0738
  メール teikakyou@jcom.home.ne.jp

【孔雀船106号 詩】  承久三年のブロッコリー  望月 苑巳

大皿の上にブロッコリーが
ストーンサークルのように配置されている
母が円形に怒鳴る
「残さないで野菜も食べるのよ」
そそくさとクラウチングスタイルのネズミ一匹
我ながら情けないと思う

藤原定家卿が扇を口に含み笑い シンプルな.pngふむ、枕草子には
野菜はブロッコリーにかぎると、あったな
清少納言の仕草を真似て
定家卿は扇を口に含み笑い
きのう化野念仏寺で密会した女子は
顔色が暗く折りたたまれていたが
後白河院の言葉をなぞれば
すべてはうつつよ、たわむれよ、となるか
十三歳年上の才女に手向けた一首を
思い出して年甲斐もなく心ときめかせる

床の霜枕の氷消えわびぬ結びもおかぬ人の契りに *

ぼくは枕草子を閉じると
ブロッコリーにたっぷりマヨネーズをからませて
ガブリと食らいつく
苦くて柔らかい愛情が口の中にだらしなく広がる
十七歳で深海魚になった弟が
欄間でアッカンペーをしている
もう喧嘩もできない淋しさが
茹でたてのお鍋から立ちのぼる
承久三年のブロッコリーが
本の中で弟の分まで茹であがった

                   *藤原定家


承久三年のブロッコリー.pdf

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【孔雀船106号 詩】 女王雌日芝(メヒシバ) 新倉 葉音

春の陽を浴びている一叢のメヒシバ
新緑を風にさらして揺れる
笹のようなしなやかな葉
その優しさを楽しんでいる間に
足下では茎が縦横に這い出し
勢威を振るっているはずだ
その音が聞こえているのは空耳なのか

茎は分岐しながら細い根を出し
踏まれても引き抜かれても
そこから再生し
生き残っていく
夏 戦いの始まりだ
日焼け止めクリームを厚塗りし
垂れつき帽を目深に被り
鎌を片手にメヒシバに向かう
負けるのはわかっている
しかし放っておくわけにはいかない
やがて花芯が立ち上がり放射状の穂から
何万個もの種子がばら蒔かれる
災害に備えて
一斉には発芽しないという種
雑草の女王と言われるメヒシバは
したたかな知恵ものだ

節をひとつひとつ
ほじくり出すと背丈ほどの株になった
匍匐前進 陣地拡大
補給は節々が担いどこまでも広がってゆく
砂利の駐車スペースに草の山ができた
草はすぐに萎れいずれ消えてゆくが
人の戦いが積み上がる瓦礫の山はどうだろう
無意味そのものだ
消せない想いが過る

有史以前から生き続けているメヒシバは
土と陽の光さえあればどこへでも
今や世界を制覇しつつあるらしい
除草剤などどこ吹く風だ

女王雌日芝  PDF.pdf


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【孔雀船106号 詩】 水晶体  紫 圭子

むきだしの
眼球
麻酔が打たれた
痛みはわずかだった

眼球は見る
濁りはじめた
水晶体が剥がされていくのを
覆いかぶさるように覗く眼科医がふいに消えて
ライトが熱い

光いっしょに
眼球は色彩の海にひきずりこまれていく
不思議な音がひびいた
音楽のようだ
上から濃いピンクの塊が迫ってきて
右から黄の光が射してくる
濃いピンクの塊が消えると
青 緑 赤 光が現れて
つぎつぎに光の色が乱舞する
これはいったいなんだろう
色彩がつぎつぎに現れては消えて
また新しい色と形が迫ってくる
内なる
はなびらの出現だ
と思いきや
画面が暗転

ベージュをバックに黒い小さな三角が横にふたつ並んで三角目が現れ
た その下にすこし大きな三角形がひとつ現れて口になった 顔の形
だ 三角目玉と三角の口は鬼の顏だった これはわたしの水晶体が剥
がされていくのをわたしが見ているのだ きっと この鬼は水晶体の
剥がされたあとに付けられる人工水晶体を待っているのだ 急にわた
しの手の平に汗が滲みだした さっき見た鮮やかな色彩は はなびら
の化身にちがいない わたしの水晶体を葬るために現れたのだ 色と
りどりの光るはなびら 幾重にも重なってわたしの水晶体を見送りに
きたのだろう 千の蓮のはなびら はなびらをいちまいいちまい剥が
して あたらしいわたしの人工水晶体にいのちを吹き込む 千の蓮の
はなびら わたしの内なる千のはなびらは目から開かれていくだろう

音楽は消えて
右目は眼帯で覆われた

握りしめた手の平に
はなびら型の汗がにじんで

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2 眼科医が水晶体の施術をしているイラスト.png

【孔雀船106号 詩】 木の音  吉井淑

亡くなった友も
とうに逝った父母たちも
木の下に集っている
そのそばで
あなたはギターを弾いた

裸になったり
折れまがったり
いない人たちの声を
聞かせてくれたり
ギターにあわせて歌ったり

祈りのように
空へと揺れる
遠く古い
木の中から
いないあなたのギターの音が
聞こえてくる

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【孔雀船106号 詩】 春になっても  一瀉 千里

亀は いつのまにか
いなくなった
いついなくなったのか
なぜいなくなったのか

人でも 物でも
予告もなく
突然いなくなるのは 寂しい

いてつく冬には
いつも池をみつめていた
姿はみえなくても
ーーここにいるんだよね
池の中の 泥の中
亀は
冬眠していたはずだ
池の中の泥の中で冬眠する亀のイラスト.png

桜の花が満開になり
花びらが 池の表面を桜色に彩るころになっても
亀は あらわれない
冬眠したまま
そのまま死んでしまう亀もいる
そんな覚書が
ふと 脳裏をかすめた
ーーそういえば甲羅の大きさが
  ずいぶん大きかったよね
  自分の役目は もう終わった と
  人知れず 姿を消したのかな

海まで出向いて きっと
竜宮城へ 帰ったんだな


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【孔雀船105号 詩】 思惑 岩佐なを

むかしむかしあるところに
も姉妹が次々生まれて徐々に
育って散り散りに歳を重ね
それなりの役目を果たして
死んでいった
あたりまえっちゃぁあたりまえに

皆の衆京橋は御存じか
(大阪ではなく東京のほう)
新富町はどうですか
そのあたりは聖路加病院が
あるために米軍のビイニジュウクの
爆弾から逃れられたと
言われているのだけれどほんとかな

飛行機.jpg

生まれた姉妹たちは拒んでも
育ち時間は前にしか進まず
あまつさえ非情にも後々
幻子さんは生麦に賞子さんは葉山に
燐子さんは八街に頓子さんは海神に
移って命を燃やしていき
胡桃さんは幕張に夜雨さんは鵠沼に
引っ越して行ってまぁ長くなるから
誰と過ごしたかは割愛するとして
そのあたりでどんどん古くなって

死んでいったとすると新富町から
千葉方面へいった千葉派
神奈川方面にいった神奈川派
大別できるわけで
どちらがいいとかわるいではなく
生まれてから亡くなるまでの
動いた道のりを実線で断固として
地図に描きたいのが思惑であり
追善ならではの心意気と

そのために姓名は付与されたのだし
もちろん当方の手腕は
高級色鉛筆で個人個人の色を変えて
わかりやすく工夫するつもり
老後の力ふり絞って
出生地は金の身籠り地は銀の
丸をつける
色鉛筆では金銀は特別色だからね、
さてと。

思惑(岩佐).pdf


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イラスト:Googleイラスト・フリーより

【孔雀船105号 詩】 ポンデローサ松の告白 高島清子

( 何よ あれはパイナップルの芯じゃないの )

詩人の声が降ってきたのだ

詩祭が良く開かれていたあの頃
ホテルの入り口に置かれていた大きな松ぼっくりに
足を止めたその人を私は覚えていた

はなや.jpg六本木のゴトー花屋は
カナダから着いたばかりの
クリスマス用の松ぼっくりを並べていたから
通りすがりの私はすぐさまあの詩人に贈ったのである
彼女の笑顔を想像して
 
( なんてお洒落なプレゼントあなたらしいわ )

詩人から電話が来た

松の木はパインニードルだけれど
いくら似ているとはいえパイナップルの芯であるわけはないのにと
苦い思いが長く残った

おそらくは羨ましく思った詩人の取り巻きの一人が
何気なく言ったのだとしても
素直に信じた詩人も無邪気なものだと
菩薩のような美しい唇から
何という言葉が発せられたものか

しかし松ぼっくりは今まで私を待っていてくれたのだ
ある日科学博物館の硝子の中にその名を見つけた
ポンでローサ松である

パイナップルの芯じゃないの
怒気を含んだ詩人の一言が私から消えた
どれ程似てはいても同じものはない
私に似ている人も私ではない
カナダの青い森はこの時も白い冬を振り落としている

ポンでローサ松の告白(高島).pdf

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イラスト:Googleイラスト・フリーより

【孔雀船105号 詩】 深い霧  齋藤 貢

原子炉建屋が水素爆発した。

耳を疑うような知らせに
頭を抱えて
戸惑うひとがいる。
地団駄を踏むひとがいる。

原発事故.jpg呑みこめない朝を
無理に呑みこもうとすれば
言葉にならない
憤りが
喉もとにまでこみ上げてくる。

霧が晴れるにつれて
事のしだいが
少しずつ明らかになってきた。

戸外では
男のひとが大声で叫んでいる。
はやく逃げろ。
ここにいては危険だ、と。

坂道を避難所まで登ってきた老夫婦がいる。

地震や津波のあとに
放射線被曝の危険が
身に迫っているとも知らないで。

この土地で
草のように
いのちの高みに
両手を伸ばそうとしているひと。

余震が続いて
土のなかのこころとからだが
不安に揺れてやまなかったのだ。

できるだけ速やかに
遠くまで
避難しなければならないのに。

耕された土に
深く根を張りながら
必死にもがいているひともいる。

力の限りに歯を食いしばっても
からだとこころをつなぐ
いのちの細い糸が
いまにも千切れそうだ、と。

襲ってくる
もっと恐ろしいものを
ひそかに隠すように
霧がまた
この土地にたちこめてくるだろう。

深い霧に包まれて
事のしだいは
なかなか詳らかにならないが――。

あの日から
放射線被曝の
漠然とした不安が
大地とわたしたちのからだを棒で叩いている。
こころの池の水を激しく揺らしている。

「深い霧」 斎藤.pdf

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イラスト:Googleイラスト・フリーより

【孔雀船105号 詩】この夏 吉本洋子

夏を見ていた
庭のレモングラスが焼け焦げて
ただの茅にかえって
うな垂れて
この夏はあの夏に

あの夏
お前が押せよ
嫌だよ お前が押せよ
一列に並んだ物の怪めいた人間の列が
声を掛け合っている
血を吐くほどの声だったろうか
崩れるほどの引きつった顔だったろうか
人間だから

植木にmiziyari.jpg今年の夏は水遣りが間に合わなくて
気に入りの鉢を幾つも枯らしてしまった
私の怠惰が大事なものを失わせる
命を繋ぐ一番当たり前の事柄を
いとも簡単に後回しにした
この夏
刑務官の忌避するスイッチは4つ
自分ではなかったという免罪符の揺れ幅が
笑えるくらい貧しい

あの年のあの夏
そのスイッチは幾つ並んでいたのか
どんな目くらましで
人間だったら押せないそれを
カモフラージュしたのか
人間だったら押せないそれを
人間が押したのかあの夏に


夏を見ていた(吉本).pdf


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